◇



 杏のことは、亜里沙や一花にチクればそれだけで大打撃だろう。
 だけど、わたしの中でフラストレーションは恨みに変わりつつあった。
 この鬱憤を晴らすには、こっちも大々的に暴露してやらないと気が済まない。

 どうするのが一番効果的だろう。
 その方法を考える傍ら、ひとまず済ませておきたいことがあった。
 というより、精算しておきたい借りが。

 校門を潜ったとき、前の方に速見くんの姿を見つけた。
 あたりを窺ってから足早に歩み寄り、軽く袖を引っ張ってみる。

「速見くん」

「……わ、びっくりした。おはよ」

 暢気な挨拶に適当に返すと、袖ではなく腕ごと引いた。

「なに? え、どうしたの?」

 驚きをあらわにする彼に「ちょっと来て」とだけ言って、ひとけのない裏庭へと連れていく。

「これ、ありがとう」

 足を止めると、鞄の中から平袋(ひらぶくろ)を取り出した。
 どこかの雑貨屋でもらったものだ。
 中身をあらためた速見くんは、ああ、とこぼす。

「何かと思ったらタオルか。それだけ? 何でわざわざこんなとこで……」

「だって、一花に見られたら」

 トイレでの衝撃的な出来事を思い出し、自分の中で緊張の糸が張り詰める。
 あの執拗な嫌がらせは明らかに常軌(じょうき)(いっ)していた。
 速見くんと話しているところを見られて誤解され、あんな目に遭わされたんじゃたまらない。

 とっさに答えかけて口をつぐんだ。
 それはそれとして、一花の想いを勝手に伝えていい理由にはならない。
 下手なことを口走る前に沈黙を選ぶ。

「────結局、変わらないね」

 十分に間を置いてから、おもむろに速見くんが言う。

「どこで誰といても、天沢は他人の顔色窺って、自分を殺しながら笑ってる」

「そんなこと」

「それってさ、虚しくないの?」

 同じだった。
 責めるでも呆れるでもなく、ただ本当に疑問をぶつけるような声色。
 だからなのか余計に胸のざわめきを強く感じた。

「虚しい? どうして? わたしは必要とされてる。わたしの居場所はここなの……!」

「そうかな。その割には苦しそうに見えるけど」

 かっと頭に血が上った。
 吸い込んだ息が震える。

「は……?」

 何なの? 何なの、こいつ。
 涼しい顔で、何もかも見透かしているみたいに偉そうなこと言って。

 説教でもしたいわけ?
 何もかも手に入れているこいつに、わたしの気持ちなんか分かるわけないのに。

 何でこんなやつにそこまで言われなきゃならないんだろう。
 憐れまれなきゃならないんだろう。

「本っ当わけ分かんない。何なの……。何で構うの?」