濡れた髪やスカートの裾を絞り、ひとまず持ち合わせていたハンカチで拭った。
だけど間に合うわけもなければ、授業が始まるまでに乾くわけもない。
「どうしよ……」
ずっとここにいるわけにもいかないし。
そう割り切って、雫が垂れてこない程度までどうにか拭うとトイレをあとにした。
なるべくどこかで時間を潰して乾かしてから、ぎりぎりで教室に戻ればいいか。
風や日に当てた方がいいかもしれない。
そう思って渡り廊下に出たら、間の悪いことに向こうから辻くんが歩いてきた。
「え、乙葉?」
気づかれる前に退散したかったのに、ついていない。
湿る程度に濡れているわたしの髪や制服に気づき、ぎょっとした様子で駆け寄ってくる。
「何それ、どうした?」
「何でもない!」
とっさにあとずさり、追いつかれる前にきびすを返した。
いま、あれこれ追及されるのは面倒だ。
余計な心配をされてもそれはそれでめんどくさい。
逃げるように廊下を駆けていくと、ふいに身体が傾いた。
上腕を掴まれ、誰かに引っ張られる。
驚くわたしの腕をすぐに離した速見くんは、何も言わずにタオルを差し出してきた。
「……何で」
ひとりでにこぼれ落ちる。
全身が水気で冷え、肌寒さを覚えた。
「さっき、びしょ濡れでトイレから出てくるとこたまたま見ちゃって」
彼は控えめにそう答えると、タオルを持つ手を伸ばしてくる。
「これ、洗ったばっかのやつだから。そんなんじゃ教室戻れないだろうし、風邪ひく」
目の前に差し出されたそれをじっと見つめた。
わけもなく、繊維のひとつひとつを見定めるように。
「……聞かないんだ。何があったのか」
そんなことが口をついた。
目を落としたままだから、速見くんがどんな顔をしているのかは分からない。
「聞いて欲しかった?」
「別に……」
普通、関わり合いになりたくないと見て見ぬふりをするだろうに。
どこまでお人好しなんだろう。
だけど、いまは彼のお節介さに少し救われてもいた。
「洗って返すから」
タオルを受け取り、そそくさと背を向ける。
“ありがとう”とまでは言えなかった。
そう口にしてしまったら、これまでの自分や重ねてきた我慢をぜんぶ否定することになりそうで。
惨めさを認めることになりそうで。
「天沢」
だけど、速見くんは見逃してくれなかった。
「これが天沢の望んでた“青春”ってやつなの?」


