いい予感はまるでしなくて訝しげに尋ねる。
突き当たりにある窓のそばにいた一花は腕を組み直したものの、答える気はないらしい。
代わりに小夏が口を開いた。
「こいつが男子に色目使っててきもいから思い知らせてんの」
おざなりに個室の方を顎でしゃくって示した。
戸惑う間もなく、紗雪が動く。
脚を振り上げたかと思うと、思いきり扉に足の裏を叩きつけた。
女子生徒の悲鳴が上がる。
「ほら、出てこいよ!」
ガン! ガン! と、そのあとも執拗に蹴り続けると、やがてかちゃりと鍵が解錠された。
恐る恐るといった具合で扉が開くと、彼女が出てくるより先に真穂がその腕を引っ張る。
つんのめった彼女はそのまま床に倒れ、嘲笑の的にされた。
(あ、この子……)
見覚えがある。
そうだ。昨日、速見くんと一緒にいた子だ。
さして記憶を手繰るまでもなく思い出すと、冷ややかに傍観していた一花がこちらに歩み寄ってきた。
彼女の前に屈み、そのまま頬を勢いよく打つ。
悲痛な短い悲鳴が響いた。
「ひとの彼氏に手出してんじゃねーよ」
低めた声で吐き捨てられた言葉に耳を疑った。
(彼氏……?)
まさか、速見くんが?
一花と速見くんは付き合っているの?
「ちょっと待って、一花。まだ彼氏じゃないでしょ」
「彼氏候補ね」
小夏や紗雪の訂正を受け、一花は黙って髪をかき上げた。
否定しない。そういうことか、とひらめく。
一花は速見くんのことが好きなんだ。
「あー、マジうざい。ねぇ、あれやってよ」
立ち上がった一花が命じると、すぐさま小夏が「はいはーい」と動いた。
水道の下に置かれていたバケツを持ち上げる。
スチール製のそれはなみなみと水で満たされていた。
(まさか……)
胸を掠めた嫌な予感は的中し、小夏は何の躊躇もなくその水を女子生徒にぶちまけた。
ばしゃん! と派手に飛沫が弾ける。
「あはははは! マジでウケる!」
「最高に惨めだねー!」
心底愉快そうに高笑いする4人と反比例するように、わたしの心は硬く張り詰めていった。
鉛でも埋め込まれたみたいだ。
(嘘でしょ、こいつら……。やばすぎ)
完全に引いてしまいながら、目の前の状況を唖然と眺める。
理性という土台の上での、本能的な拒絶反応に近かった。
ザー、と水の流れる音が響いたかと思うと、小夏が再びバケツに溜め始めていた。
水が底を打つ音がやけにけたたましい。
一花たちの笑い声と彼女の泣き声とで織り成される不協和音に頭が痛くなってくる。
「乙葉もやりなよ」


