「あ、ごめんごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど」
「……ううん」
苦笑する彼に首を横に振ってみせる。
直後に何だか気まずくなってきた。
今朝のいまで、わたしが速見くんのことをやたら気にしているみたいに思われていたら心外だ。
「あ、じゃあわたし帰るね。また……」
さっさと退散しようとしたのに、辻くんはあえてなのか口を開いた。
「千紘ってやっぱモテるよなぁ。顔がいいから? 乙葉もそう思う?」
「いや、わたしは……」
とっさに反論したのは、何だか誤解されていそうな気がしたのと、諸々の秘密がバレたせいで速見くんに対してひねくれた見方しかできなくなっていたからだ。
一度息をつくと、客観的なイメージが手元に戻ってきた。
「でも、人気者なのはそりゃそうじゃない? って思う。顔だけじゃなくて。明るいし優しいし、いい人なのは確かだから」
ちょっとお節介だけど。
考えてみれば、別に何か特別嫌なことをされたとかでもないし、速見くんが悪いわけでもない。
すべてはわたしの不注意が招いたこと。
それなのに、弱みを握られたせいで“天敵”のように勝手に敵視していた部分があった。
同時にどこか恐れてもいるんだと思う。
ふいに核心を突き、見たくない部分に目を向けさせようとしてくるところ。
それをお節介と言うわけだけれど。
「……だから、たち悪いんだよな」
ふと辻くんが意味深に呟く。
ぼんやりしていたら聞きこぼしてしまうところだった。
「え?」
「じゃあな、また明日。気をつけて」
ぱっといつもの明朗な笑顔に戻った彼は、手を振って歩き去っていく。
(どういう意味?)
妙な引っかかりを覚えながら、遠ざかる背中をただ見送る。
揺れる影が何となく、いつもより濃いような気がした。
◇
登校すると、教室に一花たちの姿がなかった。
鞄はあるから来てはいるみたいだけれど、どこに行ったんだろう。
ほかのクラスか、もしくはトイレ?
わたしも席に鞄を置くと、廊下に出てそれぞれの教室を軽く覗きながら彼女たちを捜した。
トイレの前を通りかかったとき、聞き覚えのある甲高い笑い声が響いてきた。
中に入ると案の定、一花たちがそこにいる。
「ここにいたんだ」
「あ、乙葉。おはよー」
暢気な調子で真穂が言う。
彼女たち取り巻き3人は、ひとつの個室の真ん前を威圧的に陣取っていた。
耳を澄ますと、中から女子生徒の落ち着かない呼吸とすすり泣くような声が聞こえてくる。
「何してるの……?」


