「だからそんな千紘が言うことはぜんぶ正しいって、間違いないって思わされてるんじゃね? まあ、そのときもなに話してたのかは知らないけどさ」
彼が苦笑をたたえたことで空気も緩む。
きっと辻くんなりにフォローしてくれようとしたのだろう。
だから本当に気にすることない、って。
「遠慮しなくていいからな。あいつも完璧じゃないし……とにかく、何かあったら俺に言って」
「あ、ありがとう」
少し戸惑ってしまいながら、驚くほど真剣な眼差しを見返す。
そこまで気にかけてくれるとは思わなかった。
どうしてなんだろう。
もしかしたら、辻くんの方が速見くんよりよっぽど純粋に優しいんじゃないだろうか。なんて。
「あ、乙葉」
教室の手前で声をかけられ振り向くと、満面の笑みを浮かべる亜里沙がいた。
親しげに手を振りながら駆け寄ってくる。
「亜里沙、おはよう」
「おはよ。ちょうどよかった。あのね、自販機行ってきたんだけど、乙葉にあげたくてついでに買ってきたんだ」
抱えていたペットボトルを差し出される。
ミルクティーだった。
「前に一緒にカフェ行ったとき飲んでたから、好きなのかなと思って」
声色も語り口もやけに甘ったるかった。
どうしたんだろう。
こんなこと、一緒にいたときは一度もなかったのに。
「もらっちゃっていいの? ありがとう」
「こっちもあげる」
ミルクティーを受け取ると、もう一方の手にあったカフェラテも差し出してきた。
「えー、そんなにいいの? あ、でもごめん。わたし……」
「あっ、そっか! コーヒー飲めないんだったね」
オーバーなくらいのリアクションで、さもいま思い出したかのように言う。
何だか白々しくて鼻白んでしまった。
何なんだろう、本当に。
「じゃあさ、一花にでもあげて。あたしの分は別で買っちゃったし、杏もコーヒー嫌いって言ってたから」
あー、と腑に落ちる。
そういうことか。
亜里沙の狙いを理解した。
いつか一花たちが言っていたように、目立つことが好きな亜里沙は1軍というステータスに憧れている。
だけど、クイーンがいる限りどうにもできない。
その妬み嫉みを悪口として発散することでどうにか誤魔化してきた。
そんな中、一花に目をかけられたわたしが急に1軍入りを果たした。
亜里沙が180度態度を変えたのはそれが理由だったんだ。
いまのミルクティーやカフェラテにしたって、言わば献上品みたいなものだ。
わたしや一花に擦り寄って、あわよくば自分も甘い蜜を吸おうと目論んでいる。
杏は狡猾、亜里沙は貪欲。
まったく何が“普通”だったのか分からない。
青春というものは、過酷な茶番劇なのかもしれない。


