召使いに頼もうよ。
 クイーンがそう言い出せば、それは一瞬で貴族の総意になった。

 わたしは両手に財布とビニール袋を提げ、階段を上っていく。
 飲食店のオーダーさながらに注文を聞き取り、頼まれたものを購買で買って戻る途中だ。
 一方の袋にはパンやサンドイッチが、もう一方には飲みものが詰まっていた。

「お待たせ!」

 笑顔を振りまきながら教室に入ると、机を寄せ合っていた小夏たちが「おかえりー」と出迎えてくれる。

「マジで買ってきてくれたの?」

「ありがとう、乙葉ー」

 ビニール袋の中身を取り出しながら口々に言われる。
 悠々と腕と足を組んでいるクイーンの机に、献上(けんじょう)でもするかのようにサンドイッチとジャスミンティーを並べてやった。

「ちゃんと買えたんだ。やるじゃん」

 気色(けしき)ばむより先に、勝手に笑顔が浮かんだ。
 いつの間にか条件反射的に感情を押し殺して笑うことが癖づいている。

「サンドイッチ最後の1個だったから、ほかの人突き飛ばしてでも買わなきゃと思って」

「ウケる。見かけによらずまさかのフィジカル」

 紗雪が言うと笑い声に包まれた。
 ……たぶん、これでいいんだろう。
 自分に与えられた役割を全うしている限りは、ひとりになることもない。



     ◇



 靴箱の扉を開けた瞬間、ふっと隣に人が現れる。
 何かデジャヴ、と思ったら相手まで同じだった。

「そんなにトランプしたかったの?」

 挨拶もそこそこに、靴を履き替えながらそんなことを言ってきたのは速見くんだ。
 皮肉交じりだと感じたのは、さすがにわたしがひねくれているわけじゃないと思う。

 ひとりになったと思ったら突然、一花たちとつるむようになったことが、(はた)から見たら不可解なのだろう。
 わたしだってこんな流動的な人間関係は奇妙だと思うけれど、やっぱりどうして彼にいちいち干渉されなきゃならないのか分からない。
 心配される筋合いもない。

「……関係ないでしょ」

 いまさら人当たりのいい自分を演じるのも億劫(おっくう)で、辟易(へきえき)しているのを隠さないまま返した。

 どうやら、彼はいまもまだあのアカウントについて黙ってくれているらしい。
 たとえば、わたしの態度にムカついて腹いせに言いふらすような真似は、優しい速見くんならしないだろう。
 そう踏んであえて媚びたりはしなかった。

「でもさ────」

「何がそんなに気になるの?」

 ばたん、とわざと大きな音を立てて靴箱を閉めながら尋ねる。
 その返答を待たないうちにきっぱりと言い放った。

「わたしはいま満たされてるの。友だちがいて、みんなに必要とされてて、普通以上で……それって“青春”そのものでしょ。理想通りなんだよ」