どきりとした。
 人差し指の先にはわたしのスマホ。普通の単色カバーで、ふたりのようにプリクラや写真は入っていない。

「あ、わたしは……あんまり詳しくなくて。でもいまの話聞いて気になってきた」

 嘘だけど。
 取り繕うように言うと、亜里沙と杏がぱっと笑顔を弾けさせる。

「マジで? じゃあ、おすすめの曲教えるよ!」

「プレイリスト共有しよっか?」

「本当? やった、お願い」

 スマホを持ち寄るわたしたちを眺め、辻くんが眩しそうに笑った。

「仲いいなー」

 そのひとことにぴりつき、一瞬お互いを窺うような間が生まれる。
 どこが? と意地悪く白ける本心をあしらい、また口角を上げた。

「でしょ?」

 たぶん、こういう繊細ないなし合いや機微(きび)は当人同士にしか分からない。
 それぞれ表面上は親しみやすい笑顔をたたえながら、緻密(ちみつ)な計算のもと自分が得をするように立ち回る。
 中身のない薄っぺらい会話を交わし、誤魔化し合う。

 だけど、だいたいどこに身を置いたってこんなものだろう。
 お陰で心得たことがある。

 愚痴には何でも共感すること。
 相談じゃないんだから、まかり間違っても解決策や結論なんて口にしちゃいけない。
 「分かるー」とばかのひとつ覚えみたいに繰り返して、相手を肯定しておけばいい。

 悪口だって似たような感じだ。
 あくまで同感のスタンスを保ちながらも、決して自ら言い出さないこと。
 そうじゃないと、自分が悪者になるだけ。
 そして何より絶対に否定しないことだ。
 「そんなこと言っちゃだめだよ」なんていい子ぶっていては、偽善者として今度は自分が槍玉(やりだま)に上がる。

 正義感も倫理観も本心も押し殺すべき。
 褒め合い、馴れ合い、(けな)し合いながら自分の居場所を確保する。
 それが、シビアで陰湿な女子社会を生き抜くコツ。

 案の定、特に何も気に留めることなく離れていった辻くんは、目立つ華やかなグループ、いわゆる1軍の輪に溶け込んでいった。
 その中心にいる人物に自然と視線が吸い寄せられる。

 速見(はやみ)千紘(ちひろ)くん。
 (ほが)らかで人懐こくて嫌味のない彼は、誰にでも好かれるような稀有(けう)な存在だった。
 このクラスに速見くんを嫌っている人はいないと思う。

 気さくで明るいから、わたしのような人間にも話しかけてくれるけれど、日陰で生きるわたしとは明らかに住む世界がちがっていた。

 辻くんのようなお調子者というわけではないものの、自然と人が集まるような人望と魅力がある。
 きっと誰に対しても優しく、分け隔てなく平等に接するからじゃないだろうか。

 そんなの、よっぽどの余裕と自信がないとわたしには無理だ。