「いいよ、もう。過ぎたことだし気にしないで」
余裕の笑みをたたえて返すと、亜里沙はほっとしたように表情を緩めた。
何て分かりやすい。何て浅ましい。
「ありがとう……。やっぱり乙葉は優しいね」
あまりの露骨さに内心引いてしまうと同時に呆れた。
ああ、本当にわたし、この人嫌い。
(ざまあみろ)
一花たちを悪く言いながら、本当は羨ましかったんでしょ?
欲しくて欲しくてたまらなかったであろうポジションをわたしが奪ってやった。
その爽快感といったら、いままでの鬱憤が精算されるほどだった。
教室に戻ると、当たり前のように一花たちが迎え入れてくれる。
その華やかな雰囲気に溶け込めているのか分からないけれど、馴染みつつあるのが嬉しかった。
「今日さ、帰りどっか出かけない?」
「お、いいねー。じゃあカラオケとかは? 最近行ってなかったし」
「賛成!」
何となく分かってきたのは、クラスを牛耳る1軍さまも普通の人間なんだということ。
もっと怖くて利己的な人たちの集まりかと思っていた。
それだけに、1軍特有の冷ややかな牽制のし合いやマウントの取り合いがあると想像していた。
平民はただ貴族のご機嫌さえ窺っていればよかったけれど、貴族に強いられる空気の読み合いは、もっとシビアで失敗が許されないものだと。
(でも、案外そうでもないなら……いままでの考え方が間違ってたのかも)
“普通”が一番楽だと信じてきた。
けれど、それはプライドの問題だったんじゃないだろうか。
人気者、クラスの中心人物、陽キャ、いわゆる1軍と呼ばれる彼ら彼女らには何か突出した才能が必要だ。
容姿でもセンスでもコミュニケーション能力でも運動神経でも何でも、人目を引く光る何かが。
それを持たないわたしには素質がないと早々に諦め、かと言ってひとり惨めな学校生活を送るのは耐えがたいから“普通”に甘んじてきた。
自分で選んだわけじゃなく、選ばされていた。
何に? ────空気に。
ずっと空気を読み続けていたら、自ずとそこにおさまっていたわけだ。
自己肯定感が低いくせに、自分は価値のない人間だと認めたくなかった。
嫌われたくなかっただけだった。
分不相応なものは最初から望まなければ傷つくこともないから、欲しくなんてないと無意識のうちに言い聞かせてきた。
でも、ちがっていた。
この高揚感、それに優越感はいままで味わったことがない。
本当は望んでいたんだと気づかされた。
“普通”以上の刺激的な青春とやらを。


