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「ねぇ、乙葉。その……ごめんね」

 そんな亜里沙からの唐突(とうとつ)な謝罪は、休み時間にトイレに立ってから戻る途中のことだった。
 言動の温度差に困惑してしまう。
 いつも金魚の糞のようにくっついている杏の姿はなかった。

 昨日声をかけられてから、わたしが今日も一花たちと肩を並べていたのを見て思うところでもあったのだろうか。
 (あわ)立つような猫撫で声だ。

「あたし、杏に言われたことそのまま信じちゃって。乙葉の言い分とか聞かないでハブっちゃってさ。子どもっぽかったよね」

「……杏に何て言われたの?」

「一花たちとあたしの悪口言ってた、って。しかも積極的に悪く言ってたって聞いて、何か頭に来ちゃって」

 なんだ、と思った。
 杏のことだから尾ひれをつけて告げ口したのかと思っていたものの、案外ありのまま伝えたようだ。

「そうだったんだ」

「本当ごめんね? ちょっと考えれば分かることだった。乙葉ってそういうタイプじゃないもん」

 意外なことに、わたしが他人を悪く言うわけがない、という結論に落ち着いたみたいだった。
 ただ、歓心(かんしん)を買うためにわたしの前ではそういうことにしているだけかもしれないけれど。

「もし仮に本当だったとしたら何か理由があるはずだし。あたしも結構、嫌な思いさせてたかも」

 “かも”?
 自覚があるのかないのか、ひとまずこの場を繕うための言い逃れであることは明白だった。

「あの写真のこともさ……彼氏問い詰めたら、何か“変なDMで呼び出された”って見せてくれて。乙葉の方も同じようなの受け取ってたの見たって言ってたから、何なら乙葉も被害者みたいなもんだったよね」

 その部分の誤解は解けていたのに、いままで黙っていたんだ。

「写真見せてくれた杏も、ふたりでいるとこ見て勘違いしたって。乙葉に謝ってた」

 そんなわけない。
 彼女の仕組んだ罠なんだから。

「本当にごめん、きつく当たっちゃって。乙葉さえよければ、またいままで通り話したいなと思って……」

「…………」

 お互い謝ることがなければ五分(ごぶ)だと思えたけれど、先に謝られるとこちらもそうしないとという義務感に駆られる。
 確かにわたしも悪いはずだった。

(でも……)

 でも、いいや。そんな必要ない。
 亜里沙には誠意があるわけじゃない。
 これは()びているだけだ。
 突然、クイーンに目をかけられて1軍入りを果たしたわたしと仲違いしたままだと、クラスでの立ち位置が危うくなるから。