「……いいの、それくらい。一緒じゃなきゃ何もできないわけじゃないし」

 ふい、と顔を逸らしながら返した言葉は刺々しくなった。
 何をむきになっているんだろう。
 速見くんは悪くないのに。

 分かっていても止まらない。
 感情がどろどろとマグマみたいに煮え流れては急速に冷えていく。

 彼には絶対に分かりっこない。
 この劣等感も惨めさも、いまわたしに張りついている焦りも恐怖も。
 ひとりぼっちになるかも、なんて心配をしたことがないような勝ち組の人気者に分かってたまるか。

 ふいに(えぐ)られた胸からあふれ出した本音を、だけど決して口にしないようきつく唇を噛んだ。

「でも、天沢はいつも合わせてるじゃん。無理してないの?」

「な……」

 何でそれを。何で分かったの。何で?
 必死でうまく擬態(ぎたい)してきたはずなのに、孤独で卑屈な本性を見抜かれた気がした。
 肌を逆撫でされ、心臓を鷲掴みにされる。

「そんなの当たり前でしょ、友だちなんだから。無理なんかしてない。あれだよ、協調性ってやつ。速見くんもそうでしょ?」

 誤魔化せばいいのか否定すればいいのか、決めきれないうちに口を開いていた。
 まくし立てるように反論しながら、自分に対する失望感に埋め尽くされていく。

「俺は────」

「千紘、何してんの?」

 彼が何かを言いかけたとき、ふと階段の方から辻くんが顔を覗かせた。
 不思議そうにわたしたちを眺めている。

「早く来いよ、置いてくぞー」

「……うん、ごめんごめん。いま行く」

「乙葉も早く行かないと遅れるよ」

 続けざま辻くんに声をかけられ、はっと我に返った。
 沸騰していた頭がいささか冷静さを取り戻す。

「あ、うん。ありがとう」

 笑みを返してふたりの背中を見送りながら、そうだ、と思い直した。
 まだ亜里沙たちがわたしを見放したと決まったわけじゃない。
 ひとりぼっちになると確定したわけじゃない。
 こうして速見くんや辻くんに声をかけてもらえるほど、傍目(はため)にはわたしの立場は安定しているんだ。

(大丈夫……。わたしはまだ生きてる)

 半ば言い聞かせるように唱えながら、いつの間にか静まり返った廊下を歩いていった。