どこにも存在しないはずのイマジナリーなエア彼氏の姿が、どうしてか速見くんと重なって浮かんだ。
 ありえない、と即座に自分自身に引いてしまう。
 ちょっと話したくらいで舞い上がってばかみたい。
 そんな想像が、いや妄想が一瞬でも浮かんだことが痛くて恥ずかしい。

 ぴしゃりとスマホを暗転させる。
 精神安定剤として承認欲求を満たすはずが、すり減った自己肯定感を保つはずが、かえって感情をかき乱された。
 いかに自分がこじらせているかの証明みたいになった。
 もう今日はこれ以上、何も見たくない。



     ◇



「おはよう」

 登校するなり亜里沙の机へ向かい、ふたりに声をかける。

「……おはよ」

 それぞれ顔を上げたものの、そう返ってくるまでに妙な間があった。
 杏に至っては答えてもくれないし、亜里沙も亜里沙でそう言ったきり目を合わせてくれない。

 あれ、と黒い雫のように垂れた違和感が胸の内に染み渡る。
 だけど、そんな直感を否定したくてわたしは懸命に笑いかけていた。

「あ、あのふたりが言ってたアーティスト聴いてみたよ。歌詞がめっちゃよくて刺さった。どの曲が一番かって言われると決められないくらい……」

 聞かれてもいないことを、心にもないことを、ぺらぺらと饒舌に並べ立てる。
 さすがに食いついてくれるかと思ったものの、どちらの反応もいまいちだった。

「へー、そう。よかった」

 かろうじて亜里沙がそう言ってくれるも、そこに心が込もっていないことは明白だ。
 ただ、“どうでもいい”という淡白な感じではなく、値踏みでもしているような眼差しだった。
 たとえば面接官みたいな────いや、せいぜい推薦入試でのぬるい面接しか味わったことはないけれど。

「ねぇ、亜里沙。今日の体育だるくない?」

 おもむろに杏が口を開いたかと思うと、亜里沙が「あー」と気だるげに頬杖をつく。

「バレーだよね。あたし、毎回腕が真っ赤になって痣できるんだけど」

「分かる、わたしも。前回できたのがまだ残ってる」

 隙を見計らって会話に飛び込み、めくった袖の内側を示した。
 けれど、ちらりと一瞥(いちべつ)を寄越した程度でふたりともが口をつぐんでしまう。

 居心地の悪い沈黙が落ちた。
 黒い染みが広がっていく。

「あ。そうだ、亜里沙。昼休み購買行かない? 今日お昼ない」

「いいよ、あたしも何かお菓子買おうっと」

「…………」

 さすがに“わたしも”とそれ以上入り込んでいく度胸はなかった。
 違和感も直感もたぶん間違いなんかじゃない。