「……速見くんって優しいよね。ひとのことよく見てて色々気づいてくれるし、誰にでも平等だし。さすがの気遣いって感じ。本当すごいと思う。わたしには真似できないなぁ」

 つい気を抜くと、常々感じていたことが恥ずかしげもなくこぼれた。
 彼は戸惑ったのか一瞬固まったものの、すぐに頬を緩める。

「何それ。いいよ、真似しなくて」

 冗談っぽい言い方なのに何となく声が硬いような気がした。
 唐突に変なことを口走った自分に困惑してしまい、どうにか笑って誤魔化す。

 絆創膏を2枚とも受け取ったとき、じっと注がれている視線に気がついた。
 顔を上げると、一花と目が合う。

 あ、と思った瞬間には既に彼女の視界から追い出されていた。
 目を逸らした一花は取り巻きたちと教室を出ていく。

(……何だろう)

 わたしみたいなせいぜい2軍が、人気者の速見くんと親しげに話しているのが気に食わないのだろうか。
 今度はわたしの悪口で盛り上がる?
 漠然と想像すると、カミソリで掠めたようなひりつきが肌を撫でた。

 思わずため息をついてしまいながら、絆創膏の包装紙をめくる。
 人差し指の先にそっと巻きつけ、1枚はポケットに入れておいた。

「ありがとね、速見くん。また明日」

「うん、お大事に」

 手を振って立ち上がると、鞄を手に亜里沙たちのもとへ寄った。



 英単語帳を忘れたことに気がついたのは、学校から駅までのちょうど中間地点にさしかかったときだった。

 別に課題が出ているわけでもないし、帰ってから勉強するほど勤勉なタイプでもないし、そのまま置いて帰ってもよかった。
 それでも取りに戻る気になったのは、どうせ校門から出てすぐ亜里沙たちと別れてひとりになるからで、今日に限って何となく虚しさを持て余しているからだ。
 なぜか胸騒ぎがして落ち着かない。

 昼休みのこと、一花たちとの会話を亜里沙に聞かれていたんじゃないか。
 そればかりがわたしの意識を(さら)って覆った。
 あれ以降、いまのところ態度が変わったりはしていないけれど、確信は持てない。
 少し前に受け取った不審なダイレクトメッセージのことなんて、いまやすっかり頭から抜け落ちていた。

 教室に踏み込むと、既に人の姿も気配もなかった。
 放課後の誰もいない教室。
 この時間のこの空間は好きだ。
 いつもは緊張と喧騒(けんそう)に包まれた気の抜けない場所だけれど、いまばかりは開放的で呼吸が軽い。