その声にはっとすると、不思議そうに首を傾げる速見くんと目が合った。

「あ……ごめん。古典のノートね、全然いいよ」

 誤魔化すように笑顔を貼りつけ、鞄の中を探る。

「本当に? うわー、助かる。天沢って字綺麗だし、ノートも見やすそう」

「えっ? あれ、いつ見たの?」

 唐突(とうとつ)な褒め言葉に喜ぶのも謙遜するのも忘れ、ただただ戸惑った。

「5時間目。小テスト、交換して採点したじゃん」

「あ、そっか。そうだったね。……それで言うと、わたしはちょっと意外だったかも」

 思い至ってから続けると、彼は目を(しばたた)かせる。

「何が?」

「速見くんの字」

「なに、汚いって言いたいの?」

 ふっといたずらっぽく笑うのにつられて、つい表情を緩めた。

「そうじゃなくて、丸っこくてかわいいなって思っただけ」

「……全然褒められてる気がしない」

 困ったように眉を下げて笑う姿さえも絵になっていた。
 俗っぽい話し方も荒々しい言葉遣いもしないし、何だかクラスの面々とは一線を画すような雰囲気がある。
 クリーンで爽やかな感じ。
 自分の心の汚れ具合がいっそう際立つ。

「はい、どうぞ」

「おー、ありがと。なるべく早く返すから」

 授業までに返してくれれば大丈夫だよ、と答えようとしたものの、口にする隙を見失った。
 速見くんが「ん?」と声を上げたからだ。

「指、切れてる」

 ふと人差し指の先を示され、驚いてしまう。
 気づかれるとは予想外だった。

「大丈夫? あ、絆創膏持ってるからあげるよ」

「え、いいよ。これくらい平気だから」

 慌てて両手を振るものの、リュックのポケットを探った彼はほどなく絆創膏を取り出す。
 その包装紙にはイラストが印刷されていた。
 小さい頃、よく見ていた子ども向けアニメのキャラだ。

「何これ、かわいい。わー、懐かし」

「でしょ? たまたま見つけて、俺もそれでつい買っちゃった。けど持っててよかった」

 思わず顔を綻ばせると、速見くんも柔らかく笑った。
 いつもより無邪気な一面を垣間見て何となく心がくすぐったくなる。
 はい、と2枚差し出された。

「1枚で十分だよ。もったいないし」

「予備で持ってなよ。指の絆創膏って剥がれやすいし。あ、貼ってあげようか?」

「いやいや! 大丈夫、ありがとう」

 さすがにそこまでされると、彼に対する好感がただの“憧れ”の域を出てしまいそうな気がした。
 そんな越えてはいけない一線を(わきま)えられないほどうぬぼれてはいない。