公開範囲:すべて

     ◇



 プラスチック製の箸の先で卵焼きをつつき、持てない間を埋める。
 おもむろに亜里沙がトイレに立ち、杏とわたしが残されていた。
 机を寄せ合っても心の距離感は伴わなかった。

「5時間目、古典だっけ。小テストの勉強した?」

「……まあ」

 気を遣って無難な話題を振っているのに、すげない返答にため息をつきたくなった。
 会話を続ける気も広げる気もないらしい。
 こちらを見向きもしない。

(もういいよ、じゃあ。黙るから)

 フラストレーションを募らせながら、切り分けた卵焼きを口に放り込んだときだった。
 空いていた亜里沙の席に人が座る。
 彼女が戻ってきたのだと思ったけれど、ちがっていた。

 わたしも杏も、突然現れた一花に驚いてただ凝視する。
 彼女は身を乗り出すと声を落として話しかけてきた。

「ねぇねぇ、亜里沙って今日もあたしの悪口言ってた?」

 直前までの気まずさも忘れ、思わず杏と顔を見合わせる。
 そのうちに一花の取り巻きたちも集まってきて、包囲されるような形になった。
 ふっと影に覆われる。
 大した人数じゃないのに、威圧感と圧迫感に油断ならない空気が漂う。

「えっと……」

 どう答えればいいんだろう。
 はいかいいえで言えば、はい、だ。
 亜里沙は確かに一花への不平をこぼし、悪態をついていた。
 一花が“今日も”と言った通り、基本的には毎日のこと。

 それを責めにきたのだろうか。
 わたし自身はあくまで同調していただけに過ぎないけれど、どうしたって萎縮(いしゅく)してしまう。
 その事実がなくても、クラスで幅を()かせる彼女たちの存在感は圧倒的だった。

「亜里沙ってさ、本当は目立ちたがりの仕切り屋だよね。あんたらの前では偉そうだもん」

「思った。露骨にうちらのこと敵視してるし」

「うちらいなかったら自分がこのクラス仕切ろうとしてたでしょ、絶対」

 取り巻きたちが口々に言って笑う。
 ……なんて居心地の悪い。

 別に亜里沙のことが好きだとか、庇わなきゃという義憤(ぎふん)に駆られたとか、そういうわけじゃないけれど“正解”が曖昧な状況は苦手だ。
 杏がいなければ一花たちに同調するべきなんだろうけれど、この場合はどうするべきか。
 一花に同意するのも亜里沙の肩を持つのも同じくらいのリスクを感じた。

「ね? どう思う?」

 適当に笑って流そうとしていたのに、一花はそれを許さなかった。
 わたしと杏をそれぞれ眺め、悠々(ゆうゆう)と首を傾げる。