「おはよ。大丈夫、全然大したことないから」
「無理しないでよー。昨日、杏もいてくれたらよかったのに」
おもむろに放たれた亜里沙の言葉に黒い靄が燻ってくる。
ん? あれ……?
「そうそう、昨日は楽しかった! 本当に時間が溶けたよね」
「ね、一瞬だった。今度はタルト食べにいこって話になったから、そのときは杏も来てよ」
待ってよ。冗談じゃない。
靄が怒りやショックに変貌して渦巻いた。
昨日、それを危惧して気を回したのに水の泡だ。
ていうか、何でそうなるの?
結局、わたしじゃ杏の代わりにすらならないってこと?
「え、行きたい! タルトってことは亜里沙の好きなあのお店? 苺のやつが美味しいよね」
杏は一瞬にして表情を晴らし、嬉しそうに言った。
知らない。
苺のやつが美味しいとか、前にふたりで行ったことがあったとか。
「そう、それ! あといま期間限定のやつが気になっててさ────」
亜里沙が素早くスマホで画像を表示し、杏に見せて盛り上がっていた。
わたしからは見えないけれど、そのことを気にかける素振りもない。
「…………」
また、だ。
結局、いつの間にかわたしは蚊帳の外。
悪気がないのが余計たち悪い。
「ねぇ、そういえば昨日のあれも面白かったよね。先生がわけ分かんない当て方し出したの」
だけど、今日は珍しくあがく気になった。
昨日の手応えが気のせいではないと信じたくて。
わたし自身が否定されるみたいで耐えられなくて。
会話の隙間を縫って話題を変えると、亜里沙が破顔する。
「あー、あれね。“今日は10日なので23番の人”って、日付関係ないじゃんね。いつ自分が指されるかひやひやした」
「そうそうそう! お陰で寝られなかった」
乗ってくれたことにほっとしながら笑う。
杏が帰ってからの話だから、彼女の知らないことだ。
何だってよかった。亜里沙にしか通じない話なら、中身がなくても。
口をつぐむ杏の目元はかろうじて微笑んでいたものの、マスクの下は分からなかった。
けれど、いま何を感じているかは想像に易い。
ざまあみろ、と再び思った。
さっきの、そしていつもの仕返しだ。
「それで……何だっけ? あ、そうそう。タルトね、杏が好きそうな感じの新作も出てて」
「えっ、何それ。気になる! どれどれ?」
────気づいたら唇を噛み締めていた。
何で。何で、何で、と無意味な問いで頭が痛くなってくる。
苛立った。杏以上に、亜里沙に対して。
(自分がひとりにならなければ誰でもよかったんだね)


