「乙葉ってさ、休みの日とか何してんの?」
────そんなところから会話を膨らませていき、お互いのコップが空になるまで取り留めのない雑談に花を咲かせ続けた。
亜里沙とふたりでここまで深く話したのは初めてのことだ。
「今日楽しかった。また行こうね! コーヒー飲めない乙葉のために甘いものとかさ」
「うん、行きたい! あ、じゃあさっき言ってた亜里沙おすすめのタルト食べにいこ」
「いいねー! 絶対だよ?」
そう約束して手を振り合うとわたしは駅へ、亜里沙はバス停へと歩き出す。
その道中、カフェで撮った写真に手馴れた加工を施していった。
SNSを開くと、リアアカに切り替える。
“次はタルト”とコメントを添えようと思ったものの、杏が投稿を見て便乗してきたらめんどくさい。
3人で行くんじゃいままでと変わらない。
“話すの楽しすぎて気づいたら3時間も経ってた”
無難なひとことを打ち直し、公開範囲を“フォロワー”に制限すると写真とともに投稿する。
杏へのアピールというか仕返しとも言えた。
いつもわたしが知らないうちに、勝手に約束を取りつけてはふたりだけで遊んで自慢げに投稿する彼女への。
毎回毎回、本当にいいと思って“いいね”しているわけがない。
その気持ちを、疎外感と惨めさと苛立ちを味わわせてやりたいと思った。
【ありがとー。めっちゃおしゃれになってる笑】
メッセージアプリから亜里沙に写真を送ると、すぐさまそんな返信が来た。
フィルターや加工の話だろう。
そういえば、Otoとして投稿するときとつい同じアプリを使ったけれど、気をつけないとバレかねない。
(……それはさすがに考えすぎか)
亜里沙だってそこまでコアなファンというわけじゃないだろうし、そのアプリのユーザーがほかにどれだけいるかという話だ。
【こちらこそ今日はありがとう! いっぱい話せて本当うれしかったよー。また明日ね】
あながち、ぜんぶがぜんぶお世辞というわけでもなかった。
いつも話していてもつまらないと感じるのは、わたしがほとんど会話に入れないせいだと分かったから。もとい、入れてもらえないせいだと。
今日みたいに1対1で自ずと主体になるときは、喋っていて楽しかった。
少しでもわたしに関心が移ってくれたら。
少しでもわたしに価値を見出してくれたら。
2対1の構図が逆転するかもしれない。
そう期待できるほどの手応えを感じていた。
◇
翌日、杏はマスクをつけて来ていた。
わたしの投稿で焦燥を覚えて意地でも来たみたいだ。
「おはよう。杏、もう大丈夫なの?」
例によって亜里沙の机に寄ると、開口一番に声をかける。


