「いままでひとの顔色ばっか窺ってきたからね。嫌でも気づいちゃうよ、悪いけど」

「……何それ」

「乙葉だってそうじゃない?」

 くすりと笑ったとき、ふいに名前を呼ばれてさらにびっくりした。
 ごく自然な響きが何だかくすぐったいのに耳に心地いい。

「……もしかして、怖い?」

 わたしの(うれ)いの正体を見透かし、速見くんは首を傾げる。
 思わず微妙な表情を浮かべた。

「うーん……、うん。ひとりになるのはやっぱり怖い。あれだけ大口叩いといて何だって感じだけど。でもいまは、誰かといることに執着しなくてもいいんじゃないかとも思ってる。誰かに認めてもらおうと必死になる必要なんかないって。……矛盾してるよね」

 ばらばらで取り留めのない感情たちを、一貫したひとまとまりにしないといけないように思えた。
 そうじゃないと、わたしのアイデンティティが揺らぐ。
 芯のない中途半端な人間のままじゃ嫌だ。
 だから、矛盾を抱えると葛藤が生まれてしまう。

「別に、いいんじゃないの?」

 こともなげに彼は言う。

「それが天沢乙葉って人間なんだし。いまなら正直になれるだろうし、いい加減、本音を受け入れるべきでしょ。自分のこと、許してやんなよ」

 ふいに心を揺さぶられ、はっと息をのんだ。
 ちぐはぐな気持ちも矛盾も、どれも紛れもないわたしの本音。
 真っ先にわたし自身が拾い上げなきゃ、認められない自己嫌悪に陥り続けるだろう。
 どんな自分も抱き締めてあげる余裕を飼えれば、きっと臆せず前に進んでいける。

「……あーあ、変なの。いまちょっと感動してる」

 目を逸らして言うと、彼は表情を綻ばせた。

「じゃあお互いさまだね。……僕も、きみの言葉に救われたから」



 教室の前までたどり着くと、いきなり足が重くなった。
 踏み出すこともあとずさることもできない、弱さを自覚する。
 けれど、そんな自分を否定しかけて思いとどまる。
 弱さは罪じゃない。

 そばにいた速見くんが、わたしを覗き込むようにして言う。

「とりあえず、思うようにぶつかってみれば? 当たって砕けたら骨は拾ってあげるから」

「何で砕ける前提なの。やってみなきゃ分かんないじゃん」

 むっと言い返すと、澄んだ眼差しが返ってくる。

「よく分かってるね。本当、動かないことには何も始まらないし何も変わらない」

「……うん。まさにそうだね」

「僕はひとりにしないよ」