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「またまたー。乙葉だって彼氏くらいいるでしょ」

「いないよ、いたことない」

 これは事実だ。
 避けてきたんだから当たり前だけれど。

「うそ!? 好きなタイプとかないの?」

「んー、強いて言うなら……かっこよくて優しくて背が高くて、あと頭がよくて運動もできて声もよくてわたしのことを1番に考えてくれる人?」

「理想たっか! 全然“強いて”じゃないし、ずっとフリーなのも納得だね」

 亜里沙の小気味いいツッコミに「ひど」と返して笑い合う。
 そりゃそうだ、そんなひといない。
 だからこそそう言ったんだから。

 どんな誤解が亀裂(きれつ)を生むか分からない以上、警戒に値しないという安心感を与えておく必要があった。
 この場合、わたしは亜里沙の彼氏に1ミリも興味なんてないと伝わったことだろう。

「あれ、でも待って。もしかしてそれって速見のこと?」

「……はい?」

「だってそんな完璧な男子、速見くらいしかいないじゃん!」

「なに言ってんの、そんなわけないでしょ!」

 ありえないものとして作り出した架空の理想の相手だったけれど、確かにその特徴は速見くんも兼ね備えていると言っても過言ではなかった。
 いや、最後の部分は知らないけれど。
 まさかそんな完璧人間が実在しているなんて、と勝手に迷惑がる。

 とっさに否定してしまったものの、案外認めた方がよかったかもしれないとあとから気づいた。
 少なくとも亜里沙の彼氏ではないわけだし、成就するとは到底思えない恋をしている方が無害をアピールできる。

 ひとしきり盛り上がって波が引くと、そういえば杏がやけに大人しいことに気がつく。
 この休み時間、寄り集まったのにひとことも口を開いていない。
 いつになく積極的にわたしが会話できていたのはそのお陰だった。

「杏、どうかしたの?」

 口を開いたら開いたで亜里沙亜里沙とうるさいので、このまま放置しておいてもよかった。
 だけど、優しいというわたしの印象を守るために声をかける。
 というか、何だか様子が普通じゃない気がした。

「……何でもない」

 うつむいたまま消え入りそうな声を絞り出す。
 右手できつく左腕を握り締めながら、顔色悪く鈍い呼吸を繰り返していた。

「え、どうしたの?」

「体調悪い?」

 異変に気づいた亜里沙と続けざまに尋ねるも、杏は黙ったままだ。
 だけどそれ以上に強がる余裕はないらしく、机に肘をつくと、それを支えに文字通り頭を抱えた。
 さらさらと流れた髪に覆われ、顔が見えなくなる。