連結の自動ドアが閉まった瞬間、またもわたしの魂が移動し、〈未来行き電車〉に戻っていた。まだ『2080年駅』に停車したままだった。車内は冷凍庫の中のように凍りついており、人間が生存できる環境は失われていた。そんな状態の中、徳島絵美とわたしは抜け殻のままシートに座っていた。彼女の魂はどこにも見当たらなかった。
しばらくして、ドア上のディスプレーに『2080年7月7日午後』という表示が表れ、時を刻み始めた。
13:00 13:01 13:02 ………………、18:18。
そこで時が止まった。すると、元徳島絵美の目に光が灯った。呼応するようにシートの前の壁がディスプレーに変化し、生まれたばかりの赤ちゃんの映像を映し出した。その瞬間、元徳島絵美の体が赤ちゃんに変わった。可愛い女の子だった。徳島絵美は生まれ変わったのだ。すると、ディスプレーに名前が表示された。
『天照美輝』
と同時に車内が一気に明るくなり、暖かくなると共に時が動き始めた。
18:19 18:20 18:21…………、
そんな中、天照美輝の目は隣に座る抜け殻のわたしを見つめていた。身動き一つしないわたしをじっと見つめていた。
*
時は進んでいた。
19:00 19:01 19:02 ………………、20:18 20:19 20:20。
また時が止まると、シートの前のディスプレーに生まれたばかりの男の赤ちゃんが映し出された。その途端、浮遊する魂がわたしの体に戻った。しかし、元徳島絵美のように赤ちゃんには変化しなかった。その時、連結ドアが開いて、美しい容姿をした車掌が入ってきた。
「お帰りなさいませ、今仁礼恩様」
恭しく頭を下げた。その瞬間、封印されていたすべての記憶が蘇ってきた。
「ただいま、クレオニ」
クレオパトラによく似ていることから〈クレオ似〉をもじって名づけられた万能ロボットに向かって、わたしは軽く頷いた。
「過去への旅はいかがだったですか?」
「ちょっと疲れたけど楽しかったよ」
「問題はなかったですか?」
「ああ、仕事や住まいや生活に必要な諸々のことを君がすべて準備してくれていたので助かったよ」
「それはよかったです。ところで、前世には出会えましたか?」
「おかげさまで。これも君のおかげだね」
「とんでもございません。でもお役に立ててよかったです。ところで、天照美輝様とはお話しになられますか?」
わたしが大きく頷くと、クレオニがアームを伸ばして赤ちゃんのおでこに小型のプローベを当てた。その途端、赤ちゃんの顔が大人びてきた。
「お話しできるのは5分間だけです。それを過ぎると生後初日の赤ちゃんに戻ります」
わたしがまた大きく頷くと、「20秒後に出発いたします」と告げて、クレオニが連結ドアの先に消えた。すると、可愛い声が耳に届いた。
「あなたは誰?」
徳島絵美の声によく似た天照美輝の声だった。
「はじめまして、今仁礼恩です」
「えっ!」
彼女は絶句した。そして、荒い息を吐いた。凄く動揺しているようで、小さな体をブルブルと震わせていた。
わたしは彼女を落ち着かせるために両手で抱えて優しく抱き締めた。そして頭を撫でたあと、彼女の左の掌にわたしの右の人差し指を当てた。すると、ちっちゃくて可愛いくてマシュマロのような5本の指でぎゅっと握られた。わたしは脳髄が痺れるほどの幸福感に襲われ、愛しくてたまらなくなって頬に口づけをしようとした。しかし、僅かな衝撃がそれを止めさせた。電車が動き出していた。ドア上のディスプレーを見上げると、『出発』という文字が表示されていた。二人の新たな旅路が始まったのだ。



