3回目の休憩時、つまり、その日の最後の休憩は別々に過ごした。高松さんは道路脇のベンチで、わたしは使われていない工事車両のシートでただ腰を下ろして体を休めた。なんとなくそうする方がいいような気が、お互いにしたからだと思う。
それでも、仕事が終わった時、このまま終わらせたらダメだと思い、高松さんを誘って食事に行った。美味いと評判の焼鳥屋だった。普段はこんな時間に開いていることはないのだが、東京都の時短要請を受けて朝5時からの営業に変更になっていた。
中を覗くと、予想に反して客で賑わっていた。自分たちのように夜勤明けの人が多いのかもしれない。それでもテーブルが一つとカウンターが3席空いていたので、入ることにした。
入ると、店の人がテーブルの方に手を向けたが、それを断って、カウンターに座った。対面に座るよりは隣同士の方がいいと思ったからだ。
生ビールと焼き鳥の盛り合わせを頼んだあと、仕事中とはまったく違う話題を振った。
「高松さんは未来へ行ってみたいですか?」
「未来?」
「ええ。もし行けるとしたら、ですが」
すると、「未来ね~」と呟いてからビールをグビッと飲んで、「未来より過去の方がいいかな~」と思案するような表情になった。
そして、運ばれてきた串の中からキモを取って、ひと口食べると、「うん、過去だな。絶対過去」と大きく頷いた。
「若い頃に戻りたいのですか?」
皮を頬張りながらもぐもぐと訊くと、「いや、そんな近い過去じゃないよ」と高松さんはハツを食べながらもぐもぐと返してきた。
「遠い過去ですか? もしかして生まれる前とか」
「いや、自分の過去や前世には興味がない」
わたしはネギマに伸ばしていた手を止めた。
「言っている意味がわからないんですけど」
彼は残りのハツを全部口に入れて、ニヤッと笑った。
「中世のヨーロッパに行ってみたいんだよ」
「中世?」
ネギマを頬張ったまま素っ頓狂な声を発してしまった。
「そんな声出すなよ」
高松さんが周りを気にしながら声を抑えるようにと目配せした。
「いや、余りにも突拍子のないことを言うから……」
言い訳をしながらネギマを飲み込むと、「ルネサンス時代のフィレンツェに行きたいんだよ。現代美術も嫌いじゃないけど、なんといっても絵はルネサンス期のものが最高だと思うんだよね。ダ・ヴィンチだろ、ミケランジェロだろ、ラファエッロだろ、ボッティチェリだろ、ティツィアーノだろ、凄い画家ばかりだよね。私は彼らと一緒に絵を描きたいんだよ」と目を輝かせた。
言っていることがよくわからなかった。発言の内容はわたしの理解を超えていた。
「特にラファエッロは大好きなんだよね。『小椅子の聖母』は稀にみる傑作だと思うよ」
高松さんは一人で合点して言葉を継いだ。
「彼は17歳で親方になるほどの腕前だったんだけど、その才能が本格的に花開いたのはフィレンツェへ行ってからなんだ。そこで、ダ・ヴィンチやミケランジェロから多くを学んだらしいんだ。それはまだ20歳そこそこの頃なんだけど、その当時のラファエッロに会いたいんだよ。そして、弟子にしてもらいたいんだ」
「弟子、ですか?」
彼は大きく頷いて、真剣な眼差しをわたしに向けた。
「弟子になって、それからローマへついて行って、『アテネの学堂』を一緒に描きたいんだ」
フィレンツェに行って、弟子になって、ローマで何を描きたいって?
頭の中がごちゃごちゃしてきたので、〈んん〉と喉を鳴らして高松さんの話を止めた。
「話の流れがよくわからないんで、もう少しわかるように話してもらえませんか?」
すると彼は目を大きく開けてわたしを見つめたあと、ゴメンというように右目を瞑って右手をその前に立てた。
「先ずは冷めないうちに串を平らげよう。それからゆっくり話すよ」
高松さんはつくねとぼんじりを小皿に取った。わたしはささみと玉ひもに手を伸ばした。そして、手羽を一つずつ食べて、ビールを飲み干した。
「次は芋のお湯割りにするけど、今仁君は何にする?」
わたしは梅干し入りの麦焼酎お湯割りにした。
「なんか一人で突っ走っちゃって悪かったな。色々あってさ。良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、いろんな事がごちゃごちゃしててさ。そんな中で現実逃避をすることも多くてさ。妄想の塊になったりしてさ。そんなんだから、聞いている方は訳わかんないよな」
気を落ち着かせるように水を頼んで、それを一気に飲み干した。そして、先程とは打って変わって落ち着いた口調で話し始めた。



