高松さんとはなんとなく気まずい感じになったので、仕事が終わったあと、一人で牛丼屋に行った。ちょい飲みができる店だったので、生ビールと豚キムチとハムポテトサラダを頼んだ。そして、締めは牛すき鍋膳で決めた。お腹パンパンで店を出たが、なんか飲み足りないのでコンビニに寄って、ハイボールの缶を二本買って帰った。

 部屋に戻ると、すぐに缶の蓋を開けて、そのまま飲んだ。ツマミはテレビのニュースだった。相変わらず新型コロナの話題ばかりだった。福岡県の中州でクラスターが発生したらしい。接待を伴う飲食店だという。山梨県甲府市のサービス付き高齢者住宅でもクラスターが発生していた。高齢者の体調が心配だとアナウンサーが顔を曇らせていた。

 チャンネルを変えると、河野防衛大臣がグアムを訪問するニュースをやっていた。アメリカの国防長官と会談するらしい。そのアメリカではバイデン氏が民主党大統領候補として正式に指名を受けていた。大統領選がこれから本格化するらしい。

 またチャンネルを変えると、経済関係のニュースをやっていた。武田薬品が大衆薬事業をアメリカのファンドに売却するらしい。

 アリナミンはどこへ行くんだろう? 

 そんなことを考えているとあくびが出た。それが呼び水になったように立て続けに大あくびが出た。そのまま布団になだれ込みたかったが、なんとか立ち上がって、歯磨きだけは済ませた。しかし、それ以外に何をしたのかは定かではなかった。眠りに落ちるのに5秒もかからなかった。

        *

 わたしは未来行きの電車に乗っていた。
 行先は『8月25日駅』
 5日後の未来だ。

 チャンス!

 未来の株価を確認するまたとない機会がやってきた。新聞の株式欄で今から5日後の株価を確認して、覚えて帰ればいいのだ。〈どの会社がいいか〉と考えると、思い浮かんできたのは誰でも知っている大企業だった。トヨタ、ソニー、日立。これしかないと思った。この3社の株価を覚えて帰ることに決めた。

 トヨタ、ソニー、日立、
 トヨタ、ソニー、日立、

 忘れないように何度か口にしていると、電車が止まった。『8月25日駅』に到着していた。5日後の世界だからあっという間に着いたようだ。電車を降りると、見覚えのある景色が目に入った。5日後の浜松に違いなかった。

 前回と同じように誘導灯に導かれて改札口の前に立つと、顔認証と指紋認証と遺伝子認証をされ、〈本人確認終了〉の文字がディスプレーに表示されて、改札ドアが自動で開いた。

 改札口を抜けるのももどかしく、コンビニへ急いだ。新聞を買うためだ。しかし、朝刊はどれも残っていなかった。売り切れたらしい。

 ヤバイ! 

 慌てて別の店に向かった。

 あった。日経新聞が1部だけ残っていた。すぐさま手に取って、お金を探した。しかし、なかった。ズボンのポケットにも半袖シャツの胸ポケットにもお金は入っていなかった。〈立ち読みするしかないか〉と思ったが、雑誌じゃあるまいし店の中で新聞を広げるわけにはいかない。う~ん、と唸って天井を見上げた。
 そのまま唸り続けていると、ふと何かを感じた。カウンターからのようだった。店員が新聞を持つわたしの手を見ていた。知らんぷりをして持ち去るのではないかと警戒しているのかもしれない。

 んん、

 そんな気はないことを伝えるために喉を鳴らして、新聞を元の場所に戻した。すると、それを待っていたかのように中年のおじさんが手に取って、レジに持っていった。

 わたしはそのおじさんをつけた。どこかのベンチに座って読んでくれたら後ろからこそっと盗み見するつもりだった。しかし、おじさんは新聞を豚バッグに仕舞って、早足に去っていった。小太り体型に似合わないスピードだった。わたしは呆然と見送った。

        *

 困った。
 どうすればいい? 

 腕を組んで貧乏揺すりをしながら考えた。でも、何も思い浮かばなかった。

 万事休す! 

 うな垂れたら、通路に落ちている週刊誌が目に入った。

 そうか、新聞も落ちているかも知れない。

 一気に元気になって気力体力が漲ってきた。すぐさま構内を探した。目を皿のようにして必死になって隅々まで探しまくった。しかし、どこにも落ちていなかった。

 やっぱりだめか……、

 一気に落ち込んだ。

 帰るしかないか……、

 改札口へ向かってとぼとぼと歩いた。

 すると、カフェが目に入った。通路に面した席で誰かが新聞を広げていた。

 おっ、チャンス! 

 思わず駆け出しそうになったが、咄嗟(とっさ)に思い止まった。

 ()いては事を仕損じる。
 慌てる乞食はもらいが少ない。
 短気は損気。
 走れば(つまず)く。

 心を落ち着かせて、気づかれないように、すり足、差し足、抜き足、忍び足、で近寄った。

 (そば)まで行くと、こちらに背を向けた男性がスポーツ欄を広げていた。

 もしかして株式欄を読んだあとだろうか? 

 ちょっと不安になったので様子を見ていると、残念ながら当たってしまった。読み終わると新聞を畳んでテーブルの上に置いたのだ。そして両手を大きく上げて、大あくびと共に上半身背伸びをした。
 その姿に見覚えがあった。知っている人によく似ていた。まさかと思ってその人の後頭部や背中をまじまじと観察した。
 そっくりだった。特に後頭部は瓜二つだった。絶壁の上に、つむじが左巻きだった。それも頭頂部から5センチ以上離れていた。こんな特徴的なつむじを持っている人はあの人以外思いつかなかった。

 もしかして……、

 ガラス越しにそのつむじを更に観察していると、その人が立ち上がって振り向いた。