「刀巫女になって良かったと思ってる?」

「えっ?」

お湯が跳ねて、瀬織に向かって波紋する。

瀬織の静かな眼差しが私を拘束した。

「いつでも父上に言うことは出来るわ。でもあたしは波風を立てなくないの。あんたが巫女をやめてくれればもう何も言わないわ」

「――それは出来ないよ、瀬織」

立ち上がって、瀬織の前に出る。

拒絶されても知ってほしい想いがあると、瀬織の手首を掴んで引き上げた。

無理やり立たされて、瀬織は眉をひそめて手を振り払う。

「私は瀬織のとなりに立ちたいから刀をとった。守るってお母さまと約束した。弓巫女になれないのは悲しいけど、無能なままでいたくない」

「それが恥知らずだって言うのよ! 弓を握って生きてきたくせに誇りはないの!?」

「何だっていいよ!!」

喉が引き裂かれる。

目頭までも熱くなり、興奮に身をまかせて思いの丈を訴えた。

「何だっていい……。私は瀬織と一緒にいたい。強くなりたい、強くならせてよ!」

「あんたなんか姉じゃない!!」


カッとなった瀬織に突き飛ばされて湯に沈む。

手足をばたつかせ、水面から顔を出して瀬織を見上げる。

苦痛に満ちた瀬織の表情に、いつもなら平然と伸ばせるはずの手が動いてくれない……。

「あたしは白峰家の当主になる。弓巫女のことはあたしが背負うもの」

その責任を分けあいたい。

ずっとそう思ってきたのに、業苦に苛まれた顔を見てしまえば何も言えなくなる。

憤り、悲痛、そして虚無。


「静芽を選びなさい。あんたにはそれが平穏な道だから」

「私、バカだから瀬織の言いたいことがわからない。私は本当のことが知りたい。瀬織だけに辛い思いをさせたくない。すぐには役にたてないけど、いっしょに考えることは」

「知らなくていい」

ピシャリと私の言葉は途切れてしまう。

「これは弓巫女の問題だから。あんたは弓巫女じゃないの。……邪魔をしないで」

濡れた琥珀色の髪が水をはらう。

浴室から出ていく背中をぽつんと見送るだけ。

一人残された私は、音もなく涙を頬に伝わせた。

だんだんと呼吸がままならなくなり、苦しさを誤魔化そうと湯に沈む。

――私は誰? 瀬織の姉ではないの?

弓巫女になれない私は刀を手にしても無力のまま。藤色が私たちを繋ぐ細い糸。

姉であることを否定されたら、姉である事実を奪われたら……。

私はこの世界で生きていけない。