(あのお犬さんはどこに行ったのかな?)

暗がりではっきりとは見えなかったが、大きさや感触からして犬だろう。

ネズミにしては大きいし、猫にしてはちょこんとした冷たい鼻が目立つ。

指先で感じたのはしっかりとした固めの毛並みで、脳内補完で大きめの白い犬を思い浮かべた。

(ちょっと静芽さんに似てたかも)

瞳は見えなかったが、きっと静芽と同じ紅玉色だ、と想像しハッと顔をあげる。

「なーんて。いくらなんでもかわいすぎるよ……」

静芽は天狗のあやかしであり、見目麗しい容姿だ。

犬が愛らしいとはいえ、キレイな静芽を同一視するのはいささか不謹慎である。

(あれ? ちょっと待って……)

軽々しく想像しておきながら、”天狗”というキーワードに血の気が引く。

天狗といっても見た目は一括りに出来ない。

一般的に連想されるのは”烏天狗”、黒い翼に長い赤鼻だ。

静芽は空を飛べるが、外見はいたって美しい人間。みょーんと伸びた長い鼻はない。

(鼻は高いかもしれないけど……)

それは人間の価値観で美しいと思える、くっきりとした輪郭でしかない。

天狗には”犬の妖怪”という括りもある。

知らなかったわけではないが、あんまりに美人な静芽とイコールで結びつかなかった。

面目なさに、私は声にならない悲鳴をあげる。

(あのお犬さんは静芽さん!? 私、なんてことを……!)

畳に突っ伏して頭を抱える。あの時の私は弱りきっていた。

止まらない涙と声を押し殺すため、姿の見えない犬にすがりついた。

震える私に擦り寄ってくれた存在に救われた。

情けない姿を見せてしまったと、次に静芽とあわせる顔がないと苦悶する。

「もう……もうっ! もおぉーっ!!」

こうなれば開き直るしかない。

気にしてません、を前面に出そう。

これ以上、静芽に迷惑をかけないことが優先だ。

気持ちをシャキッとさせるため、髪の毛を硬く縛って巫女装束に着替える。

一度顔をあわせてしまえば、あとは忘れるくらいに平然を装うだけ。

何も怖いものはないと、勢いよく襖をあけて、日の差しこむ縁側を駆けた。