――そうしようとした足を止めて振り返る。

私にとって離れは幸せと別れの象徴。

悲しい時に一人で泣いた場所。

そこに静芽がいると思えば、胸が締めつけられる。

先ほどの憂い混じりの微笑みが忘れられない。

月明かりのないので陰って見えたのかも。

だがもし、なにか悲しい思いをしているなら寄り添いたかった。

「ちょっとだけ」

一方的に支えられる関係ではなく、私も静芽の力になりたかった。

ウジウジ悩んでいるくらいなら行動に移せ、と自分を叱咤して縁側を駆けた。

離れに続く庭の飛び石を歩いていると、灯籠の灯りが遠くなる。

足元がハッキリ見えないが、夜目が効くようになるのを待ってはいられない。

息せき切って静芽に会いたいと走る。

はやる気持ちに、足止めをさせる泥水が飛んできたと気づいた頃にはもう、私は全身びしょ濡れになっていた。

「えっ……きゃっ!?」

呆然としている間もなく、今度は腕を掴まれ、身動きを封じられる。

力任せに引きずられ、抵抗もままならずに手首を縄で縛られた。

ようやく解放されたと思えば、光の差さぬ蔵に突き飛ばされ、砂利に肌を擦ってしまう。

クスクスとした笑い声、おそらく外様巫女たちのイタズラだ。

それにしてはずいぶんと過激で悪質。

黙っていられず扉の向こう側を睨みつけると、甘く爽やかな香りが鼻をくすぐった。

覚えのある香りに身動きを止める。

「……瀬織?」

暗くて顔は見えない。

この香りだけは間違えない自信がある。

息をのむ音がして、すぐに静かな声が蔵に響いた。

「ムカつくのよ」