(それにどうしてこれを静芽さんが……)

「天狗は風の眷属。山神とも呼ばれる。それが俺の父だった」

私の疑問に答えるよう、静芽が澄んだ空気に溶けこむ声で話しだす。

静芽の父はすでに亡くなっているそうだ。

人との間に生まれた静芽には、山神の感覚はなく人間と何ら変わりないと語る。

私と同じように喜んだり悲しんだりするごくごく普通の殿方だ。

剣をたくさん握ってできた潰れたタコ。

瀬織と同じように皮の厚い手をしていた。

「父は海で亡くなった」

ハッとして、急ぎ静芽に振り返る。

静芽の指先が私の珊瑚の指輪に触れ、物思いに沈んだ微笑みに胸が痛くなった。

「海って……」

天狗は山に住まう生き物だ。
海とは相性が悪い。

下手をすれば命取りにもなるため、よっぽどのことがなければ海に近寄ろうともしないはず。

「亡くなった父が持っていた指輪なんだ」

「そんな大事なもの、私が持っていていいんですか?」

「いい」

遠目に空を見上げる。

月のない夜、星のまたたきに酔いそうだ。

「菊里が大事にしてくれるなら、いい」
「……はい」


その先の言葉が見つからず、私はズシッと指輪の重たさに頬を強張らせた。

海で亡くなった父親を想い、今までどういう気持ちでこの指輪を持っていたのだろう。

その大切な指輪を私に預けたのはなぜ?

静芽はもの切なそうに微笑むだけ。

パッと手を離すと、私から剣を受け取り白銀の髪を揺らす。

「もうすぐ夜も更ける。また別日に教えるから今日は眠れ」

「わかりました。……ねぇ、静芽さん」

身体を離し、じっと紅玉の瞳を見つめる。

視線はそのままに、左手をあげて小指を伸ばすと静芽の小指に絡めた。

「約束、です」

珊瑚の指輪は灯籠のあかりに触れると、炎のように光る。

きっと私の頬も負けないくらいに赤いだろう。

「おやすみなさい」
「あぁ」

指がはなれ、私は静芽に手を振って部屋までの道を進む。

静芽は同じ部屋にいることを嫌がったので、離れを使っていた。

母が亡くなってからはそのまま放置されている。

(別に、私はいっしょの部屋でもいいのに)

こればかりは価値観の違いだと、静芽の望むまま受け入れた。