どうやら天狗は聴力も優れているようだ。


聞いてほしかったような、聞かれたくなかったような、曖昧な期待にまごついていると、静芽が持っていた剣を前に出す。

鞘の抜けない刀巫女のための剣だった。

「やってみたらいい」
「いっ……いえ! あんな風には出来ませんから……」
「菊里が望むなら教える」

躊躇のない善意だ。

サラッと了承されると、人が良すぎると苦悶に頭を抱える。

(そんなこと言うなんて……。静芽さんってちょっとズルいよ)

いつも私の欲しいものをくれる。

正直すぎる言葉。
言いすぎたと思えばすぐに思い悩む生真面目さ。

ストレートすぎる面もあるが、今は私と目線をあわせて接し方を考えてくれている。

口調は淡々としているが、一切傷つける意図はないと態度が示していた。

そんなズルいことを言われれば後ろ髪を引かれるもの。

欲しいものは欲しいと手でたぐり寄せるよう、あっさりと静芽に振り向いた。


「私、出来るようになりたいです」

剣を受けとれば、ズシっとした重みに母の顔が過ぎる。

少しずつ母の形見が遠ざかっていく。

弓から離れるほど、私の意志は確固たるものに変化した。

(強くなれるなら刀でも槍でも、なんでもよかったから)

瀬織のそばにいられなくなるという枷さえなければ、おそらくもっと早くに刀を握っていた。

意識的に”出来ない”を”出来るかも”に変えていけるなら。

私は勇気を出して静芽の手を取る道を選ぶ。

剣を握りしめ、精いっぱいの強がりを表情に作った。

「まだまだ重いですね」

「一人で扱えるようになればすぐに渡す。どうせ俺には扱えない代物だ」

「……どうして私はこの剣を」

これは刀巫女のトップが得るべき特別なもの。

瀬織と双子なのに一方は弓巫女、もう一方は刀巫女。

不可解な現実に、いつまでも目を背けてはいられない。

だけど知るのが怖いと思うのは、私が受け止められるだけの余裕がないからだろうか?