(ダメだ、悲観的になっている)

今、流れが来ているだから、立ち止まっていられない。立ち止まりたくもない。

手のひらに水をすくって顔面に叩きつける。

冷たい水はぐちゃぐちゃになった思考を冷静にさせてくれた。

真っ黒なだけの髪を肩によせ、手で梳きながら空を見上げる。

「今日は満天の星空ね」

月がないから星がより一層きらめきを増す。

光の波が波紋して、泉から出る。

肌着に小袖をかけ、下駄をはいて玉砂利を鳴らす。

私の部屋は奥まった位置にあり、正門よりも離れの方が近い。

白峰家の敷地はやたらと広いので、どこを歩いているのかわからなくなる造りだ。

今でこそ慣れたが、子どものときは何度も迷ったと思い出す。

(風……)

甘く爽やかな香りが鼻をくすぐった。

この香りは引力が強い、と追いかけてみると、しなやかに舞う静芽を見つけた。

橙色に火をともす灯籠に風があたり、何度も影をかけては真っ直ぐに火を立て直す。

白銀の髪がキラキラと流れ、まるで星粒をまとったみたいだ。


美しさに惹かれて静芽に近づくと、玉砂利で足が滑る。

グッとこらえて前を見ると、静芽が舞いを止めて赤い瞳をこちらに向けてきた。

「菊里。どうした?」

もう夜も遅いと言いたいのだろう。

私は小袖をたぐり寄せ、前髪を指で触りながら照れ笑いをして静芽に近づいていく。

「素敵な舞ですね。まるで天女様のよう」

その言葉に静芽はぎょっと目を見開く。

「俺は男なのだが?」

褒めたのに静芽は不服そうで、それもそうかとクスリと笑った。


「あはっ……そうね、男の人だったわ」

ムスッとそっぽを向く姿は少し子どもっぽい。

私も私で魅了された気持ちを抑えられず、声が躍っているように弾んだ。

「本当に、とっても綺麗でした。静芽さん、すごくキラキラしてて」

神秘的のような、幻想郷を見ているかのような。

天狗ほど名の知れたあやかしで、神聖があれば美貌も研ぎ澄まされていくのだろう。

誰もが羨望のまなざしを向ける尊い美しさだった。