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「ただいま戻りました」

瀬織と並んで畳に手をつき、上座に腰かける当主に頭を垂れる。

白峰 道頼。
私たちの父であり、弓巫女筆頭家門の現当主だ。

厳格な顔つきの道頼は眉間にシワを寄せ、私と瀬織を見比べてため息をつく。

「あやかしの出没が報告にあがった」

その言葉を受け、“またか”と息を吐く。

ここ十数年で徐々にあやかしの出没数が増えている。

加えて弓巫女の人数も減っており、忙しない状態だ。

手が追いつかないので、必然的に強い力を持つ瀬織に仕事が集中していた。

まったく気にする素振りも見せず、瀬織は淡々と道頼に向き合う。

「どちらへ向かえば?」

「ここから東に一刻ほど、白岩山のふもとに現れるそうだ。今、回せる巫女が少ない。菊里を連れて向かってくれ」

白岩山は霊山であり、あやかしが現れることは滅多にない。

ふもととはいえ、神聖な領域にあやかしが出るとなれば看過できないこと。

あやかしの危険が少ない場所のため、私は白岩山に出向いたことがなかった。


「何度も申し上げていますがわたくし一人で十分です。能無し巫女なんて足手まとい」

「そう言うな。筆頭家門の者が出ないわけにはいかん」

辛辣な言葉に胸が苦しくなる。

畳の目に視線を落としたまま、道頼と瀬織の会話に耳を傾けていた。

何度も私は足手まといだと、道頼に訴えているが聞き届けられたことはない。

瀬織はぐっと不満を飲み込み、深呼吸をして背筋を伸ばした。

「明日、陽が昇り次第向かいます。山となれば暗さが増しますから」

瀬織は父に頭を下げると、スッと立ち上がって部屋を出る。

私も瀬織を追いかけるため、急いで立ち上がり父に礼をして駆けだした。

足早に歩く瀬織に私は息を弾ませて隣に並ぶ。

「瀬織! 弓の手入れはしておくからゆっくり休んで!」

巫女として役立てない分、出来ることは何でもする。

瀬織の力になりたい。
今は守れる強さがなくても、いつか必ず。

瀬織の負担を軽減したい。
苦しい運命も一緒に背負いたい。

その一心に笑っていたが、瀬織にとっては腹立たしいことのよう。

険しい表情をして瀬織が振り返り、私の手を打ち払った。