人間が生きる世界を現世(うつしよ)、あやかしが生きる世界を幽世(かくりよ)と呼ぶ。

人間とあやかし。

生きる世界が分かたれていたが、歪みは現世にあやかしを呼び寄せた。

すべてのあやかしが人間に害を成すわけではないが、あくどいあやかしは存在する。

それをかくりよへ送り帰すために巫女が生まれた。


三人の巫女からはじまり、現在の筆頭家門に繋がった。

弓を持つ巫女の家系に生まれた、オッドアイの双子。

片目を眼帯で隠し、別々に育てられた。

母の死をきっかけに双子は対面。

優秀な妹、無能の姉。

悲惨な能力差に、能無し巫女は蔑まれ、肩身の狭い想いをしていた。

――そのはずだが、姉は妹を溺愛していた。


(瀬織が足りないっ!!)

朝、目を覚まして早々に私は瀬織に会いたくなった。

狂おしい愛情に直行したかったが、冷静になろうと長く息を吐く。

どんなに好かん相手であっても、当主を無視するわけにもいかない。

父としての顔もない。

ただ白峰家の当主だと座りこむ姿はくそくらえ。

男性のため、前線に出られないのは仕方ないとしても、瀬織をコマのように扱うのは胸くそ悪い。

(やっぱりキライ。●ねばいいのに。フン)

それで他家に弓巫女は安泰だと鼻高くしているのだから、余計に顔面を引っ掻きたくなる。

(あぁ~もう。だめだめ。落ちつこう。お父様はキライだけど、瀬織が怒らないなら私も怒らない。うん、平和に生きないとね)

悶々と自分に言い聞かせ、そそくさと縁側を歩く。

静芽をそばに置くと、当主に伝えなくてはならない。

それが巫女としての最低限の礼儀だ。

さすがにこれから刀巫女として務めに励む、とは言えないので隠す方面に進める。

口にすれば白峰家から破門されるだろう。

それだけは勘弁願いたいと、結論隠すことが最善であった。

瀬織のそばから離れたくない。その一言に私の想いは集約される。

同時に強くなることは諦められない。

葛藤していくうちに、段々と足取りが重くなった。

「菊里」

前方から耳にスッと届く心地よい低音に名を呼ばれた。