「私は白峰 菊里。これからよろしくお願いします、静芽さん」
「あぁ」

静芽は水に濡れた私の頬を親指で撫でる。

そして剣を持つ私の手を取り、小指にスッと冷たさを触れさせた。

小指にはまった拘束を見下ろせば、珊瑚の指輪が光っている。

(指輪……)

となれば、相応に照れくさい理由があるはずだ。

男の人から指輪をはめられるなんて、短すぎる決断に恥じらって目を反らす。

「あ、あの……。これってどういう……」

「俺なりの誠意だ。……大切なものなんだ。とても大切な」

それはそうだな、と想像したものと異なりホッと胸を撫でおろした。

いくらなんでも男女の恋で指輪を贈られるのは早すぎる。

……そもそも静芽に好意を寄せてもらえる器量の良さはない。

私にとって優先事項は瀬織であり、まずは瀬織の役に立てる巫女となり、肩を並べられるようになって、最終的には「お姉ちゃん、カッコイイ」と言われる強さを得たい。
そう考えると、私に恋は早いというもので、瀬織にもいつかは相手が出来るのだろうが、それさえも不安であり、私の認める相手でなくては絶対に渡したくないし、だいたい――。


「あんた、忙しい頭してるんだな」
「ほぁ……?」

忙しいというより、瀬織のことで頭がいっぱいなだけだが……。

一旦落ちつこうと、あらためて静芽と向き合い、珊瑚の指輪を観察する。

静芽にとっての意味あいは信頼の証だろうか。

大切なものを会ったばかりの私に渡すなんて、彼の距離の寄せ方は不思議なものだと微笑する。

変だと思いつつ、真摯に向き合う姿勢はうれしいものだ。

一瞬でも男女の指輪交換を想像した私が恥ずかしい。

赤っ恥をかいた気分だ。
咳ばらいをし、左目を隠す手を下ろして静芽を見つめた。

“能無し巫女”と呼ばれる弓巫女は、母の形見を手放して刀を握る。

強くなりたいと叫び続けた私が、天狗のあやかしと未来に向かって戦う日々のはじまりだった。