「ここは白峰家の敷地にある清めの場所です。身体を清めていただけですよ」

「そうか。それはすまなかった」

「いいえ。あなたがここまで運んでくれたのですか?」

私の問いかけに彼は頬を染めてうなずいた。

一つに結った白銀の髪が乱れ、前に流れる。

うっとおしそうに耳にかけるしぐさは艶めかしい。

じっと眺めていると、居心地悪そうに視線をさまよわせていた。

シャイな人だと思いつつ、助けられたのだから誠意をもって向き合いたいと背をシャキッと伸ばす。

「ありがとうございます。助けてもらえなかったら死んでいました。ほんの少し、夢を見れてうれしかった……」

嘘、本当は夢になんてしたくない。

剣を握ったとき、未来が切り開けるような気がした。

あやかしをかくりよへ送るための言霊に、力がこもる。

弓を握っているときには感じられない力が湧きあがる感覚があった。

この手で剣を握りたいのに。弓巫女の縛りが私を素直にさせてくれない。

「俺を傍におけ」
「えっ?」

突然の申し出に面を食らい、足で水を弾いてしまう。

紅玉の瞳はあまりに魅惑的で、吸い込まれそうだと多少の怯えもあった。

「傍におくって……あなた、あやかしですよね? 巫女に協力するなんて」

聞いたことがない、と言いたかったが声にならず。

「あやかしだが、人に害を与える気はない。むしろ俺は……」

同じように言葉に悩んでいる。

喉のフタは互いに頑丈なようで、最短の言葉を見つめられずに喉元をさすった。

灯籠のあかりだけでは頼りなく、声で彼の所在を知りたかった。

「名前を聞いてもいいですか?」

「――静芽(しずめ)。天狗のあやかしと人の間に生まれた半端ものだ」


息をのんで、静芽は何者かを語った。

山の守り神とも呼ばれる高貴なあやかし・天狗。

まさに摩訶不思議な生き物で、静芽が神々しいのも納得だ。

意外性で考えれば、鼻は高いが人外に伸びているわけではない。

顔立ちも人と同じで、常に怒った表情ではなかった。

名のあるあやかしは、むやみやたらに人を襲わない。

害を成さないと言いきれて当然だ。

おそらく静芽は人に近しい価値観で育ったのだろう。
少しだけ会話に不慣れなように見えた。