***
「ん……」
視界がかすむ。
ぼやんぼやんだ、とバカみたいに幼くなって笑う。
頬に指を滑らせてみれば、ほんの少しだけ指先が濡れた。
身体を起こし、今いる場所は白峰家の母屋、片隅にある私の部屋だった。
「私、どうやって帰って……?」
あやかしと戦って、そのあとの記憶がない。
この手で握った剣の感覚は残っている。
弓とは違う。
はじめからこの剣は私のためにあったと錯覚する馴染み方だった。
「あの人は……」
剣を握り慣れていない私をサポートしてくれた青年。
あやかしだと思われるが、その分類にしてもいいのか迷うほどの美人さん。
私に寄り添ってくれた不思議な男性。
ドキドキとズキズキ。
二つが入り混じり、思い浮かべるだけで複雑な心境だ。
彼がいなければ私は死んでいた。
だからといって、刀巫女だと言われてもしっくりこない。
弓巫女の血筋から異なる適正が生まれるはずがないのに……。
知りたくもなかった。
(ダメダメ! 巫女たるもの、自分を律しなさい!)
このままではダメだ。
腑に落ちないモヤモヤに感情を飲まれそうになる。
ただの雑念だと首を思いきり横に振って、頭から振り払おうとした。
「そうだ。水浴びでもしよう」
それがいいと手を叩き、心急くまま立ち上がる。
部屋を飛び出し、白峰家の敷地内にある泉へ向かった。
あやかしと戦う巫女は水で身を清める。
あたたかい湯に入るのもいいが、今の気分は滝に打たれたい。
外へ出れば夜が深いようで、静かな風が葉を鳴らす音がした。
月はまん丸から少しだけへこんでいる。
月に手を伸ばしては何もつかめない手のひらを見下ろす。
この手はいつも空っぽだと、唇を丸めて足を速めた。
泉のまわりには規則正しく並んだ灯籠がある。
その明かりを頼りに巫女装束を脱ぎ、肌着になって眼帯を外す。
視力の異なる視界では足元まで不安定になるので、そっと泉に足をつけ、ゆっくりゆっくりと深いところまで進んだ。
月が照らす黄金の波で足を止め、水面に映る顔を見下ろす。
まるで鏡のように、オッドアイの冴えない私と目が合った。
――キライ。
水面を叩き、泉に潜って膝を抱える。
冷たさに慣れてしまえばゆりかごのよう。
目を閉じ、乱れる思考をかき消そうとした。
「ん……」
視界がかすむ。
ぼやんぼやんだ、とバカみたいに幼くなって笑う。
頬に指を滑らせてみれば、ほんの少しだけ指先が濡れた。
身体を起こし、今いる場所は白峰家の母屋、片隅にある私の部屋だった。
「私、どうやって帰って……?」
あやかしと戦って、そのあとの記憶がない。
この手で握った剣の感覚は残っている。
弓とは違う。
はじめからこの剣は私のためにあったと錯覚する馴染み方だった。
「あの人は……」
剣を握り慣れていない私をサポートしてくれた青年。
あやかしだと思われるが、その分類にしてもいいのか迷うほどの美人さん。
私に寄り添ってくれた不思議な男性。
ドキドキとズキズキ。
二つが入り混じり、思い浮かべるだけで複雑な心境だ。
彼がいなければ私は死んでいた。
だからといって、刀巫女だと言われてもしっくりこない。
弓巫女の血筋から異なる適正が生まれるはずがないのに……。
知りたくもなかった。
(ダメダメ! 巫女たるもの、自分を律しなさい!)
このままではダメだ。
腑に落ちないモヤモヤに感情を飲まれそうになる。
ただの雑念だと首を思いきり横に振って、頭から振り払おうとした。
「そうだ。水浴びでもしよう」
それがいいと手を叩き、心急くまま立ち上がる。
部屋を飛び出し、白峰家の敷地内にある泉へ向かった。
あやかしと戦う巫女は水で身を清める。
あたたかい湯に入るのもいいが、今の気分は滝に打たれたい。
外へ出れば夜が深いようで、静かな風が葉を鳴らす音がした。
月はまん丸から少しだけへこんでいる。
月に手を伸ばしては何もつかめない手のひらを見下ろす。
この手はいつも空っぽだと、唇を丸めて足を速めた。
泉のまわりには規則正しく並んだ灯籠がある。
その明かりを頼りに巫女装束を脱ぎ、肌着になって眼帯を外す。
視力の異なる視界では足元まで不安定になるので、そっと泉に足をつけ、ゆっくりゆっくりと深いところまで進んだ。
月が照らす黄金の波で足を止め、水面に映る顔を見下ろす。
まるで鏡のように、オッドアイの冴えない私と目が合った。
――キライ。
水面を叩き、泉に潜って膝を抱える。
冷たさに慣れてしまえばゆりかごのよう。
目を閉じ、乱れる思考をかき消そうとした。



