「全部、菊里だった……」
「えっ?」
「ううん……なんでもない」

やさしい微笑みがそこにある気がした。

きっと今までにないくらい、瀬織らしい顔をしていただろう。

今はその微笑みを見れないけれど、いつかお互いに笑い合えたらいい。

「反応がないな……」

黙り込んでいた静芽が重々しく呟く。

聴力だけでなく、他の感覚も優れた静芽がそう言うということは、父には私の叫びが聞こえていないのだろう。

それはありがたくもあり、同時にもう二度と声は届かないのだと悟った。

「オレ、よくわかってねーけど。あの親父さん、かわいそーだわ」

瀬織の向こう側にいる遊磨が困ったように息を吐く。

「オレはあの親父さんと同じ立場だ。槍巫女の筆頭家門に生まれて、巫女にはなれなかった。姉が当主になるのはわかりきっていたし」

まったく同じだ、とこの場で父の劣等感を一番理解できるのは遊磨と知る。

違いがあるとすれば、幼馴染という存在がいたかどうか。

恋仲に関しては、それも父と同じかもしれない。
私が恋愛対象として好きになったのは静芽で、遊磨はこれからも付き合っていきたい仲間だったから。

ここまで同じ境遇なのに、父と遊磨はまったく価値観が異なる。

正反対といってもいい清々しさ。
前向きな遊磨は、思いきり舌打ちをし、同族嫌悪だと声をはって父・道頼に悪態をついていた。

「強くなる方法はいくらでもあんだよ! てめぇに魅力がねぇから振られたんだろ! オレだって振られたけど、オレが悪いなんてちっとも思ってねぇ! だったら次は気持ちを向けてもらえるくらいイイ男になってりゃいいだけのことよ! バーカバーカ!!」

真っ当なことを言っていたのに、最後は幼稚になっている。

わざとそうやって私たちを傷つけないようにふるまっていると知り、こういうのはタイミングの問題だと理解した。

遊磨を心から尊敬する。
だからこそ、幸せになってほしいと願うばかりだった。