おっとりとした口調で水龍は両手をあわせ、すこぶるキラッとした笑みを浮かべる。
あまりに爽快すぎて、もはや胡散臭さに鳥肌が立った。

「んんん? ケジメって……」

状況を理解していない遊磨が困ったようにこめかみをかく。

静芽はなんとなく察したようで、苦味の強い表情で口の端を引きしめていた。

風龍は鼻歌をうたいだし、まるで龍たちにとっては暇つぶしでしかない態度だった。

「常世、そしてかくりよへ行きましょう」

水龍が指を振ると、水がアーチ状になり、空洞の先は何も見えない。
顎でくいっとその空洞をさされた。この中に飛び込めと言いたいのだろう。

あやかしをかくりよへ送ってきたが、自分たちがそこに行くのははじめてのこと。
魑魅魍魎がいるのではないかと想像し、恐れから唾を飲む。

「菊里、手を」

右隣から皮の厚い大きな手のひらが差しだされる。

「菊里」

左隣からは同じく皮の厚い小さな手のひらが差しだされた。

不安なのは皆いっしょ。
手を繋いでともに向かおうと、私は勇気をもらってうなずいた。

瀬織が反対の手で遊磨の手を取り、全員で並ぶとアーチの中に飛び込んだ。
「ここはかくりよ。あやかしが住まう場所です」

水龍がガイド役となり、かくりよの町並みをさして微笑む。

よく見れば猫又や一つ目鬼といったあやかしが人間となんら変わりない生活を送っている。

私たちが退治してきたあやかしとは異なり、温厚そうな者たちだ。

もっと殺伐としたイメージを持っていた。

かくりよの定義は思っているのと違うかもしれない、と疑問に思ってると、雲に乗ってプカプカ浮かぶ風龍が肘をつきながら下を指して悪ガキの顔をする。

「かくりよは八つの層があるの。ここは一番上なんだよ! 悪いことをしたらどんどん落ちていく。それは人間も同じで、悪いことをしたら反省しなくちゃいけないのっ!」

となれば、今見えているあやかしたちは善良ということ。
むしろ現世よりも平和な世界だと、安堵に似た感覚に胸がムズムズした。

「龍神さまたちは普段はどちらに?」

瀬織がたずねると、あいまいに微笑まれるだけで答えを得られなかった。

「俺の父はなぜ、かくりよでなく現世に?」

静芽は複雑な心境のまま、眉をひそめて水龍と風龍を交互に見る。
どちらが答えるか、と二人の龍は互いに見合い、説明上手な水龍が答えることとなった。

「現世にいる役割を持つあやかしもいます。あなたのお父上、天狗はあやかしであり、神聖な存在。はじめから現世に生まれ、自然に紛れて暮らしてきた者です」

水龍の発言に、父・頼道の罪が合致した。

神聖な天狗を殺害する。
自然を冒涜したのと同意。
父の手がいつから汚れたかはわからないが、決定的に血に染まったのは静芽の父を殺したときだと判明した。

切なく苦笑する静芽に胸が痛む。
静芽は天狗と人間の間に生まれた。人間に近くても神聖な存在。

父・道頼を憎く思う心と、天狗としての立場が嚙み合わない。

本当はその手で復讐を果たしたかったのかもしれない。
そう思うと悲しくて辛くて、私は涙ぐんで静芽の手を強く握るしかできなかった。