痛いのかどうかもわからなくなったけど。
憎いのも好きなのも、全部あなただった。

私は幸せになれなくていいの。

――あなたが私を生かしてくれるから。

***

岩場から足が浮き、私は落ちていく。
白銀の星屑が目の前を過った気がした。
 
山道を駆けのぼり、木の影に隠れて弓を構える。

この世にはあやかしと呼ばれる生き物がおり、中には人の営みに害を与える者もいた。

私たち巫女の務めは、あやかしを幽世(かくりよ)へ送ること――。

「そっち! 右、道をふさいで!」

あやかしを倒すために弓を構えて足止めをする。

弓をもつ巫女があやかしを倒すなか、私はサポートに徹していた。

無能の私にあやかしは倒せない。鋭い爪が眼前に襲いかかっても、私に弾く術はなかった。

「およずれごと、射るが務め! かくりよへ帰れ!」

ひときわ凛とした声が私の横を通過する。

まばゆい光とともに蓮の花が咲き、あやかしを飲み込んでいく。

あやかしの叫び声もむなしく、たった一矢で巨大なあやかしはかくりよに送られた。


山道を駆けぬけた疲労に汗をぬぐう。

一人、息も乱さず琥珀の髪を背中に流し、スタスタとその場から去ろうとする巫女がいた。

私はその巫女の背を追い、浮ついた気持ちで彼女に手を伸ばす。

「瀬織(せおり)!」
「触らないで!」

触れることなく、私の手は薙ぎ払われてしまう。

弓を握りすぎて皮の厚くなった手がおろし、目尻をとがらせる瀬織にへらりと笑いかけた。

「ごめん。つい……」

冷ややかに私を一瞥すると、すぐに瀬織は弓を背に担いで他の巫女の元へ向かう。

「後始末はまかせるわ。お願いね」
「「はい! 瀬織さま!」」

誰もが見惚れる端正な顔立ちに、艶のあるきらめく琥珀髪。

凛とした横顔は、左側から見れば美しい瞳が見えなくなる。

右目の藤色は世界で一番清らかな色。

瀬織への気持ちが高まると、つい手を伸ばしてしまうのが私の悪い癖だった。

さっさと山を下りていく瀬織の後ろ姿をぼんやり見送っていると……。