言い訳しない恋と鏡橋――湊桜もののけ開港記

第53話_鏡歌を響く
 翌朝の霧は、江都の屋根を同じ高さに揃えていた。天守最上層の鏡室は、窓を半ば閉ざし、外光を薄く受ける。ここでの目的は、鏡網全域の同期—湊桜から江都、さらに山の祠や鐘楼へ、拍を一つに束ねること。いつ/朝の霧、どこで/天守最上層鏡室、誰が/結花・静・歩美、何を/儀式歌を響かせる、なぜ/連鎖の遅れを“必要な遅れ”に統一するため、どうやって/静の雅楽太鼓と結花の即興詞、歩美の時刻印で。
 鏡室の中央には、模擬板ではない本式の“小柱”が立っている。座ではない。見上げるための目印。昨夜、雲梯の上で守った視線が、ここでは儀の芯になる。静は太鼓の面に薄布を掛け、まず“叩かない拍”を室に満たした。叩かない拍は、恐れの声を先に食べる。
 結花は鏡の前に立ち、胸の前で両手を重ねる。「言い訳を、一つ置く。—失敗したら、先に詫びる」
 笑いはない。誰も笑わない場では、言葉は刃にも橋板にもなる。刃にしないために、彼女は次の言葉を“歌”に変える。言葉が歌になると、拍が本体になる。

 静が合図を送り、太鼓の布越しに縁を撫でる。音はほとんど出ない。出ないのに、鏡室の床が一段、低くなる気がする。その低さが、歌の椅子。結花は詩を即興で綴りはじめた。—「潮を見上げる町が、遅れてきた者の拍を前に置く。怒りの舌に白砂を、焦りの足に板を。ためらいは、橋板の間。間に、人を乗せる」
 歌の拍は、外の霧に同調する。霧は乱れを嫌わない。嫌わないから、乱れは乱れのまま薄くなる。静が“送る拍”へ移行し、太鼓の皮を今度は素手で一度だけ打つ。深い音。深い音は、短い。短い音は、長く効く。

 歩美は鏡室の周囲に置かれた十二の木札に、薄く朱を“沈め”ていく。押さない。沈める。時刻は、拍の入口と出口。第一の印が置かれた瞬間、湊桜の中央柱がかすかに応じたと、誰もが思った。思っただけでも良い。思いは、拍を長くする。
 第二の印で、氷川の鐘が“鳴らさない鳴り”を返す。第三の印で、竹林の影が目を閉じる。第四の印で、伏流水路の粘土が乾かずに落ち着く。歩美は朱の面を布で拭き、次の印に移る前に必ず一拍ためらう。ためらいが、印を強くする。

 結花の詞は“詫びる拍”から“祝う拍”へ、また“送る拍”へと、行き来する。祝うときに声を高くしない。高くすると、誰かの首が折れる。低い祝言は、見上げる首を守る。—「橋は、渡すためのもの。見上げるためのもの。今日の遅れは、明日の速さの板」
 静は太鼓を三度。鏡面の奥が、“深く”なる。深さは、速さの逆。速すぎる網は切れる。深くすることで、速さを受け止める。

終盤、外の霧が一瞬だけ薄くなった。氷川からの返りの拍が、今朝の江都に“間に合う”位置にある合図だ。歩美は最後の朱を沈め、「全域同期」の文字を小さく書く。筆圧は弱く、しかし迷いがない。弱い印は、あとから強く読める。
 結花は歌を閉じる前に、もう一度だけ言い訳を置いた。「遅れてきた町の歌は、先に詫びる。—それでも渡したいから、歌う」
 静が最後の一打を置き、鏡室の空気が温かくなる。温かい空気は、怒らない。怒らない場は、争わない。三人は互いに…潮と城と星のそれぞれに対して“見上げるものは首を折らぬ”という同じ結論へ収束する。細部の反復は退屈ではなく、退屈を怖れない態度こそが混乱の刃を丸くする。読者への覚え書きとして、わたしたちはこの態度を次章以降にも引き継ぐ。