第5話_山路を攀る
翌朝、結花は光と共に港を見下ろす丘に立っていた。昨夜拾った紙片を光に見せると、彼は目を細めた。
「挑発してるな。これは“こちらに来い”という意味だ」
「わざわざ呼んでるってことは、向こうも準備してるね」
結花は槌を握り直し、息を吐いた。
「どうする?」光が問う。
「行くしかないよ。こっちは言い訳してる暇なんてない」
港へ降りると、華と勇気、惇が待っていた。
「例の紙片、見たよ」華が言う。
「正面突破、って顔してるな」勇気は笑った。
「そういう顔なの、私」結花は肩をすくめた。
向かった先は港外れの古い倉庫跡だった。昼間でも薄暗く、板壁には穴が開き、潮の匂いがこもっている。
「ここに呼んでるってことは、罠だね」惇がつぶやく。
「でも、罠ごと叩き潰す」結花は一歩前に出た。
倉庫の扉を押し開けると、冷たい風と共に黒い影が現れた。
「またお前らか!」結花は槌を構えた。
影は二体、前回よりも大きく速い。
「分かれて!」光の声で仲間が散開する。
結花は一体に狙いを定め、低く踏み込みざまに槌を振り抜いた。霊鉄の先端が影を直撃し、白光が弾ける。
影は苦鳴をあげて後退するが、体勢を立て直した。
「こいつ、前のと違って硬い!」結花は歯を食いしばった。
もう一体の影が華に迫った。
「任せて!」華は袖から小刀を抜き、影の動きを止めるように舞う。影は動きを乱し、その隙に勇気が飛び込んで蹴りを叩き込んだ。
「やるじゃん!」
影が倒れ込むが、溶けるように壁際へと逃げる。
結花は目の前の影に再び槌を叩き込んだ。衝撃音と共に影の仮面が砕け、黒い霧が霧散する。
「一体は終わり!」
しかし残った一体が異様な声をあげ、全身を広げて影の波を放った。
光が叫ぶ。
「全員、下がれ!」
結花は仲間を庇うように前に出て槌を地面に叩きつけた。霊鉄の光が地を這い、影の波を弾き返す。
影は一瞬怯んだが、次の瞬間、天井に張り付き出口へと消えた。
「逃がしたか…」結花は槌を握り締めた。
倉庫の奥には古びた箱が残されており、その中にはまた異国文字の札があった。
「これで三つ目だね」惇が声を震わせる。
「間違いない。誰かが計画的に“解放”してる」光が低く呟いた。
その時、背後から拍手が聞こえた。
「見事な戦いだ」
現れたのはエヴァンだった。
「どういうつもり?」結花が睨む。
「私も被害者だ。だが…この件には町の誰も知らない深い事情がある」
エヴァンの目は揺らぎ、どこか焦りを含んでいた。
光が一歩前に出た。
「深い事情って何だ?」
エヴァンは周囲を見回し、声を落とした。
「この札は、我々の商館でも一部の者しか知らない“契約の証”だ。古い王家の遺物と繋がっている」
「王家…?」結花は目を細めた。
「この町がまだ港として栄える前、王家は鏡を媒介に妖を従えたという記録がある。その名残を利用している者がいる」
「つまり、誰かが昔の力を取り戻そうとしている」光が低く呟いた。
エヴァンは苦笑を浮かべた。
「私は止めたい。しかし商館には逆らえない。だから君たちに頼みたい」
「信用できる?」華が疑わしげに問う。
「信じるかどうかは君たち次第だ」
結花は槌を肩に担ぎ、ため息をついた。
「じゃあ、全部暴くしかないね。声を助けたいし、影を作った奴も止めたい」
「相変わらず無茶だな」勇気が笑った。
「無茶しないと進まないから」
倉庫を出たとき、空には黒雲が広がっていた。
「嵐になるな…」光が空を見上げた。
「いいよ、嵐の方が燃える」結花は笑い、槌を握り直した。
夜、診療所に仲間が集まった。机の上には今日の札と仮面が並べられ、晃太が記録をまとめている。
「王家の遺物…鏡との繋がりは確かだな」光が言った。
「でも、どうして今なんだ?」惇が首を傾げる。
「商館が開港に絡むこの時期に、鏡の力を使えば一気に主導権を取れる。古い権威を利用するには都合がいい」華が答えた。
結花は黙って槌を見つめていた。
「結花?」光が声をかける。
「ねえ、この槌…作って良かった」
「影に効いてたからな」
「うん。でも、それ以上に“逃げない理由”をくれた気がする」
勇気が肩をすくめて笑った。
「お前、最初から逃げる気なんてなかったろ」
「そうかもね」結花は笑ったが、その瞳は真剣だった。
「影を作るやつ、必ず見つけて止める。それと…鏡の声も助ける」
静かな決意が広がり、誰も異論を唱えなかった。
会議が終わり、結花は一人で港へ向かった。
夜の潮風は冷たく、月明かりが波に揺れていた。
槌を握りしめ、結花は独り言をつぶやく。
「言い訳はもういい。助けたいから動く、それだけ」
その時、背後の建物の影に人影が立っているのが見えた。
「誰?」
返事はない。だが影は結花を見つめたあと、消えた。
「…見てる。やっぱり挑発してるんだね」
結花は肩で息をつき、空を見上げた。
(来るなら来い。逃げないから)
決意を胸に刻むと、港の向こうに広がる暗闇へと歩み出した。
歩きながら、結花はふと過去を思い出した。
幼い頃、失敗ばかりで人に叱られ、そのたびに言い訳を探した。
「だって、しょうがなかったんだもん」
それが口癖だった。
だが、光と出会い、初めて「言い訳をしろ」と叱られた日のことを覚えている。
あの日から、逃げないで考える癖がついた。
今の自分は昔と違う。仲間がいて、力がある。
華の明るさ、勇気の大胆さ、惇の真面目さ、さとみの技術…。
(私一人じゃない。だから進める)
診療所へ戻ると、皆が眠っていた。
結花は槌を壁に立て掛け、灯りを消した。
「明日はもっと面白くなるよ」
静かな独り言を残し、窓の外の月を見上げた。
月は雲に隠れ、次の嵐を告げているかのようだった。
同じ頃、港の離れにある古い商館の地下室では、仮面の男たちが集まっていた。
中央に立つ長身の影が言う。
「結花という女…予定より早く動いたな」
「どうします?」部下の一人が問う。
「試すだけだ。あの槌も力を帯びた。次は“本物”をぶつける」
影は手にした鏡の欠片を掲げ、低く笑った。
「封を解く日は近い。彼女の決意ごと、呑み込んでやる」
その声は冷たく、湿った地下に反響した。
壁際の封印札が一つ、ひとりでに剥がれ落ちた。
翌朝、結花は港に集まった仲間を見回した。
「今日から二手に分かれるよ。一組は港の古文書と札の調査、もう一組は影が現れそうな場所を見張る」
光がうなずく。
「俺と惇で調査に回る。勇気と華は見張りだな」
「じゃあ私は?」結花は首をかしげた。
「お前は自由に動け。槌の力を試すには単独行動が一番向いている」
「了解。言い訳なしでやるよ」
さとみが新たな道具を差し出した。
「槌に合わせて作った予備の鍔。これでさらに安定する」
結花は受け取り、笑顔で礼を言った。
「ありがとう。これで本当に準備完了だ」
その時、見張りに出ていた勇気が駆け込んできた。
「港の外れにまた影だ!」
「よし、行こう!」
結花は新しい鍔を装着し、槌を肩に担いで駆け出した。
(次は絶対に逃がさない)
翌朝、結花は光と共に港を見下ろす丘に立っていた。昨夜拾った紙片を光に見せると、彼は目を細めた。
「挑発してるな。これは“こちらに来い”という意味だ」
「わざわざ呼んでるってことは、向こうも準備してるね」
結花は槌を握り直し、息を吐いた。
「どうする?」光が問う。
「行くしかないよ。こっちは言い訳してる暇なんてない」
港へ降りると、華と勇気、惇が待っていた。
「例の紙片、見たよ」華が言う。
「正面突破、って顔してるな」勇気は笑った。
「そういう顔なの、私」結花は肩をすくめた。
向かった先は港外れの古い倉庫跡だった。昼間でも薄暗く、板壁には穴が開き、潮の匂いがこもっている。
「ここに呼んでるってことは、罠だね」惇がつぶやく。
「でも、罠ごと叩き潰す」結花は一歩前に出た。
倉庫の扉を押し開けると、冷たい風と共に黒い影が現れた。
「またお前らか!」結花は槌を構えた。
影は二体、前回よりも大きく速い。
「分かれて!」光の声で仲間が散開する。
結花は一体に狙いを定め、低く踏み込みざまに槌を振り抜いた。霊鉄の先端が影を直撃し、白光が弾ける。
影は苦鳴をあげて後退するが、体勢を立て直した。
「こいつ、前のと違って硬い!」結花は歯を食いしばった。
もう一体の影が華に迫った。
「任せて!」華は袖から小刀を抜き、影の動きを止めるように舞う。影は動きを乱し、その隙に勇気が飛び込んで蹴りを叩き込んだ。
「やるじゃん!」
影が倒れ込むが、溶けるように壁際へと逃げる。
結花は目の前の影に再び槌を叩き込んだ。衝撃音と共に影の仮面が砕け、黒い霧が霧散する。
「一体は終わり!」
しかし残った一体が異様な声をあげ、全身を広げて影の波を放った。
光が叫ぶ。
「全員、下がれ!」
結花は仲間を庇うように前に出て槌を地面に叩きつけた。霊鉄の光が地を這い、影の波を弾き返す。
影は一瞬怯んだが、次の瞬間、天井に張り付き出口へと消えた。
「逃がしたか…」結花は槌を握り締めた。
倉庫の奥には古びた箱が残されており、その中にはまた異国文字の札があった。
「これで三つ目だね」惇が声を震わせる。
「間違いない。誰かが計画的に“解放”してる」光が低く呟いた。
その時、背後から拍手が聞こえた。
「見事な戦いだ」
現れたのはエヴァンだった。
「どういうつもり?」結花が睨む。
「私も被害者だ。だが…この件には町の誰も知らない深い事情がある」
エヴァンの目は揺らぎ、どこか焦りを含んでいた。
光が一歩前に出た。
「深い事情って何だ?」
エヴァンは周囲を見回し、声を落とした。
「この札は、我々の商館でも一部の者しか知らない“契約の証”だ。古い王家の遺物と繋がっている」
「王家…?」結花は目を細めた。
「この町がまだ港として栄える前、王家は鏡を媒介に妖を従えたという記録がある。その名残を利用している者がいる」
「つまり、誰かが昔の力を取り戻そうとしている」光が低く呟いた。
エヴァンは苦笑を浮かべた。
「私は止めたい。しかし商館には逆らえない。だから君たちに頼みたい」
「信用できる?」華が疑わしげに問う。
「信じるかどうかは君たち次第だ」
結花は槌を肩に担ぎ、ため息をついた。
「じゃあ、全部暴くしかないね。声を助けたいし、影を作った奴も止めたい」
「相変わらず無茶だな」勇気が笑った。
「無茶しないと進まないから」
倉庫を出たとき、空には黒雲が広がっていた。
「嵐になるな…」光が空を見上げた。
「いいよ、嵐の方が燃える」結花は笑い、槌を握り直した。
夜、診療所に仲間が集まった。机の上には今日の札と仮面が並べられ、晃太が記録をまとめている。
「王家の遺物…鏡との繋がりは確かだな」光が言った。
「でも、どうして今なんだ?」惇が首を傾げる。
「商館が開港に絡むこの時期に、鏡の力を使えば一気に主導権を取れる。古い権威を利用するには都合がいい」華が答えた。
結花は黙って槌を見つめていた。
「結花?」光が声をかける。
「ねえ、この槌…作って良かった」
「影に効いてたからな」
「うん。でも、それ以上に“逃げない理由”をくれた気がする」
勇気が肩をすくめて笑った。
「お前、最初から逃げる気なんてなかったろ」
「そうかもね」結花は笑ったが、その瞳は真剣だった。
「影を作るやつ、必ず見つけて止める。それと…鏡の声も助ける」
静かな決意が広がり、誰も異論を唱えなかった。
会議が終わり、結花は一人で港へ向かった。
夜の潮風は冷たく、月明かりが波に揺れていた。
槌を握りしめ、結花は独り言をつぶやく。
「言い訳はもういい。助けたいから動く、それだけ」
その時、背後の建物の影に人影が立っているのが見えた。
「誰?」
返事はない。だが影は結花を見つめたあと、消えた。
「…見てる。やっぱり挑発してるんだね」
結花は肩で息をつき、空を見上げた。
(来るなら来い。逃げないから)
決意を胸に刻むと、港の向こうに広がる暗闇へと歩み出した。
歩きながら、結花はふと過去を思い出した。
幼い頃、失敗ばかりで人に叱られ、そのたびに言い訳を探した。
「だって、しょうがなかったんだもん」
それが口癖だった。
だが、光と出会い、初めて「言い訳をしろ」と叱られた日のことを覚えている。
あの日から、逃げないで考える癖がついた。
今の自分は昔と違う。仲間がいて、力がある。
華の明るさ、勇気の大胆さ、惇の真面目さ、さとみの技術…。
(私一人じゃない。だから進める)
診療所へ戻ると、皆が眠っていた。
結花は槌を壁に立て掛け、灯りを消した。
「明日はもっと面白くなるよ」
静かな独り言を残し、窓の外の月を見上げた。
月は雲に隠れ、次の嵐を告げているかのようだった。
同じ頃、港の離れにある古い商館の地下室では、仮面の男たちが集まっていた。
中央に立つ長身の影が言う。
「結花という女…予定より早く動いたな」
「どうします?」部下の一人が問う。
「試すだけだ。あの槌も力を帯びた。次は“本物”をぶつける」
影は手にした鏡の欠片を掲げ、低く笑った。
「封を解く日は近い。彼女の決意ごと、呑み込んでやる」
その声は冷たく、湿った地下に反響した。
壁際の封印札が一つ、ひとりでに剥がれ落ちた。
翌朝、結花は港に集まった仲間を見回した。
「今日から二手に分かれるよ。一組は港の古文書と札の調査、もう一組は影が現れそうな場所を見張る」
光がうなずく。
「俺と惇で調査に回る。勇気と華は見張りだな」
「じゃあ私は?」結花は首をかしげた。
「お前は自由に動け。槌の力を試すには単独行動が一番向いている」
「了解。言い訳なしでやるよ」
さとみが新たな道具を差し出した。
「槌に合わせて作った予備の鍔。これでさらに安定する」
結花は受け取り、笑顔で礼を言った。
「ありがとう。これで本当に準備完了だ」
その時、見張りに出ていた勇気が駆け込んできた。
「港の外れにまた影だ!」
「よし、行こう!」
結花は新しい鍔を装着し、槌を肩に担いで駆け出した。
(次は絶対に逃がさない)

