第49話_竜脈を裂く
小寒の夜半、東山の伏流水路は、地面の下でだけ音を持っていた。地上は凍てつき、星明りは石の間で眠っている。結花・貴之・晃太の三人は、列島鏡柱の連鎖試運転で生じた微震を収めるため、地の“からだ”へ降りた。いつ/夜半、どこで/東山伏流水路、誰が/結花・貴之・晃太、何を/霊脈の裂け目の補修、なぜ/連鎖の拍を整えるため、どうやって/読経・手術比喩・砂の縫合で。
入口の洞は狭く、湿気が喉を滑る。灯は小さく、火は怒っていない。怒らない火は、道具を裏切らない。結花は壁の肌を指でなぞり、震えの周期を数える。「四つ数えて一つ、深い」
「期外収縮だな」晃太が頷く。「心臓が突然ひとつ早く打って、次に休む。—ここは地の心臓。休む前に、出口を作る」
貴之は経巻を開き、低く、腹で音を作る。読経は暗い土の中へ染み込み、洞の奥から返ってくる。返る音が、震えの拍より半歩遅い。遅れは、橋板の間。間は、縫合のための余白。
第一処置は“喉”の確保。結花は白砂を少量、湧き出す細い水筋に沿って撒いた。砂は音を食べ、流れを可視化する。「この流れは、噛みつく前の舌。—舌に板を与える」
板といっても、実物ではない。結花は指で空中に細い線を描き、晃太に合図する。晃太は携えてきた薄い竹片を、水の筋の両側へ置いた。置く。強く刺さない。置かれた竹片は、水を舐める舌の形を整え、噛みつきを忘れさせる。
「いま、経を少し高く」結花が囁く。貴之は拍を半音上げ、洞の天井が一度だけ笑った。笑いは荷を降ろす。
第二処置は“縫合”。裂け目は、目で見るより耳で聞く。晃太は掌で壁を撫で、指の腹で細かい震えを拾う。「ここだ。縫い目は斜め」
結花が頷き、白砂で点を打つ。点は印。押さずに沈める印。貴之が経を一度深く落とし、結花が砂の点と点を糸で結ぶように、細い粘土を伸ばして当てる。粘土は土に似ているから、土は怒らない。怒らない土は、外から来たものを受け入れる。
「手術で言えば、内層縫合」晃太が言う。「外側は、あとで」
第三処置は“出口の設計”。地の水は溜めすぎると怒り、怒ると揺れる。怒りを起こす前に、道を教える。結花は細い木枠を取り出し、流れの先に小さな“門”を作った。門は、見上げるための印だ。見下ろす門は、詰まる。「ここから出る」
貴之が経を広げ、読経の節を“送る拍”に変える。送る拍は、道を先に示す。示された水は、迷わない。
洞の奥から、かすかな地鳴りが一度。次に、深い吐息のような音。地が、ため息をついたのだ。ため息は、次の呼吸の準備。
最後に、外層の“包帯”。結花は白砂と粘土を混ぜ、薄い膜を裂け目の上に重ねる。膜は固くない。固くすると、次に割れる。柔らかい包帯は、拍で強くなる。貴之の読経が低く戻り、晃太が手術図の余白に小さく印を沈める。「今日はここまで。—怖い?」
「怖い」結花は笑う。「だから、一拍遅らせた」
洞を出ると、夜気は相変わらず冷たいのに、星の瞬きは幾分だった。地の心臓は、いまは休んでいる。休みは、働くための拍。三人は互いにうなずき、次の段取りへ向かった。
小寒の夜半、東山の伏流水路は、地面の下でだけ音を持っていた。地上は凍てつき、星明りは石の間で眠っている。結花・貴之・晃太の三人は、列島鏡柱の連鎖試運転で生じた微震を収めるため、地の“からだ”へ降りた。いつ/夜半、どこで/東山伏流水路、誰が/結花・貴之・晃太、何を/霊脈の裂け目の補修、なぜ/連鎖の拍を整えるため、どうやって/読経・手術比喩・砂の縫合で。
入口の洞は狭く、湿気が喉を滑る。灯は小さく、火は怒っていない。怒らない火は、道具を裏切らない。結花は壁の肌を指でなぞり、震えの周期を数える。「四つ数えて一つ、深い」
「期外収縮だな」晃太が頷く。「心臓が突然ひとつ早く打って、次に休む。—ここは地の心臓。休む前に、出口を作る」
貴之は経巻を開き、低く、腹で音を作る。読経は暗い土の中へ染み込み、洞の奥から返ってくる。返る音が、震えの拍より半歩遅い。遅れは、橋板の間。間は、縫合のための余白。
第一処置は“喉”の確保。結花は白砂を少量、湧き出す細い水筋に沿って撒いた。砂は音を食べ、流れを可視化する。「この流れは、噛みつく前の舌。—舌に板を与える」
板といっても、実物ではない。結花は指で空中に細い線を描き、晃太に合図する。晃太は携えてきた薄い竹片を、水の筋の両側へ置いた。置く。強く刺さない。置かれた竹片は、水を舐める舌の形を整え、噛みつきを忘れさせる。
「いま、経を少し高く」結花が囁く。貴之は拍を半音上げ、洞の天井が一度だけ笑った。笑いは荷を降ろす。
第二処置は“縫合”。裂け目は、目で見るより耳で聞く。晃太は掌で壁を撫で、指の腹で細かい震えを拾う。「ここだ。縫い目は斜め」
結花が頷き、白砂で点を打つ。点は印。押さずに沈める印。貴之が経を一度深く落とし、結花が砂の点と点を糸で結ぶように、細い粘土を伸ばして当てる。粘土は土に似ているから、土は怒らない。怒らない土は、外から来たものを受け入れる。
「手術で言えば、内層縫合」晃太が言う。「外側は、あとで」
第三処置は“出口の設計”。地の水は溜めすぎると怒り、怒ると揺れる。怒りを起こす前に、道を教える。結花は細い木枠を取り出し、流れの先に小さな“門”を作った。門は、見上げるための印だ。見下ろす門は、詰まる。「ここから出る」
貴之が経を広げ、読経の節を“送る拍”に変える。送る拍は、道を先に示す。示された水は、迷わない。
洞の奥から、かすかな地鳴りが一度。次に、深い吐息のような音。地が、ため息をついたのだ。ため息は、次の呼吸の準備。
最後に、外層の“包帯”。結花は白砂と粘土を混ぜ、薄い膜を裂け目の上に重ねる。膜は固くない。固くすると、次に割れる。柔らかい包帯は、拍で強くなる。貴之の読経が低く戻り、晃太が手術図の余白に小さく印を沈める。「今日はここまで。—怖い?」
「怖い」結花は笑う。「だから、一拍遅らせた」
洞を出ると、夜気は相変わらず冷たいのに、星の瞬きは幾分だった。地の心臓は、いまは休んでいる。休みは、働くための拍。三人は互いにうなずき、次の段取りへ向かった。


