第47話_獅子を放つ
同夕刻、江都大火見櫓は、街の背骨に刺さるように立っていた。商人同盟の残党が、鏡網を破るために妖獅子兵器を解き放つという報を受け、沙耶香と勇気は隊を率いて櫓の下へ走る。いつ/夕刻、どこで/大火見櫓、誰が/沙耶香・勇気・商人同盟残党、何を/妖獅子兵器の無力化、なぜ/鏡網の共振を破壊させないため、どうやって/槍隊の間合いと火薬投網、そして“先謝罪”で。
獅子は鉄と皮でできた胴に妖気を溜め、口の中に小さな鏡片を抱いている。鏡片は拍を喰う。喰われた拍は、怒りに変換される。怒りは波より速い。—だから、先に謝る。
沙耶香は隊列を半円に展開し、獅子に向かって頭を下げた。「町で暴れさせて、申し訳ない」
兵がざわめく。敵に頭を下げるのは恥ではない。順番だ。謝ると、相手の怒りは半歩短くなる。半歩の間に、間合いを作る。
獅子が吠える。吠えは音で、音は拍だ。吠えの拍に、自分たちの拍を重ねてはならない。重ねると、相手の中に入る。入れば、食われる。沙耶香は槍の柄を低く構え、隊に命じる。「置け」
突くのではない。置く。槍先を獅子の肩の上、空気の板に乗せる。空気の板は、目には見えないが、拍で感じられる。置かれた槍先は、獅子の進路を曲げる。曲げれば、噛まれない。噛まれなければ、吠えは短くなる。
勇気は櫓の陰から回り込み、手にした投網に火薬の小包を結わえた。火をつける前に、彼は一度だけ息を遅らせる。遅れは賭けの間。間がなければ、勝ちは薄い。「今日は、負けてもいい」彼は小声で言い、火を入れた。
投網は空中で花のように開き、獅子の背にふわりと落ちる。火は怒らない。怒らない火は、音より遅い。遅い火は、見ている者の心拍を落とす。落ちた心拍に、沙耶香の声が届く。「退きながら詰める」
半歩退く。半歩詰める。円は小さくなり、角は消える。角がない円は、噛みにくい。
獅子の口の中で、鏡片がかすかに光った。光は拍を喰う。喰われた拍は、暴れになる。勇気はその瞬間を待っていた。火薬の小包が小さく弾け、網の結び目が緩む。緩むことで、網は獅子の動きに合わせて形を変える。形を変える網は、破れにくい。破れにくい網は、怒りを逃がす袋になる。
沙耶香は槍の石突で地を軽く打ち、合図を出す。「右、置け。左、置け」
槍先が左右から、獅子の肩に“置かれる”。置かれた拍が積み重なり、獅子の吠えは自分の喉で詰まった。喉を詰まらせた獅子は、噛めない。噛めない獅子は、ただの重い玩具だ。
商人同盟の残党のひとりが、遠巻きに叫ぶ。「破壊しろ!」
沙耶香は振り向かず、短く答えた。「謝ってから」
勇気が笑い、最後の小包を鏡片の近くへ滑らせる。小さな爆ぜが起き、鏡片が口から転がり出る。転がった破片を、歩美の配下が布で包んで回収する。布は白砂を含み、音を食う。
あとに残ったのは、鉄と皮の骸と、燃え残りの匂いだけだった。沙耶香は槍を立て、兵に向かって言う。「今日、謝る順番は守れた。—次も守る」
勇気は肩で息をし、「賭けに勝ったわけじゃない。怒りを遅らせた」と笑った。遅らせた時間は、町の明日を買う通貨だ。櫓の上で風が変わり、遠くの鐘が一度だけ鳴った。鳴りは深く、短い。短い鳴りは、長く効く。
同夕刻、江都大火見櫓は、街の背骨に刺さるように立っていた。商人同盟の残党が、鏡網を破るために妖獅子兵器を解き放つという報を受け、沙耶香と勇気は隊を率いて櫓の下へ走る。いつ/夕刻、どこで/大火見櫓、誰が/沙耶香・勇気・商人同盟残党、何を/妖獅子兵器の無力化、なぜ/鏡網の共振を破壊させないため、どうやって/槍隊の間合いと火薬投網、そして“先謝罪”で。
獅子は鉄と皮でできた胴に妖気を溜め、口の中に小さな鏡片を抱いている。鏡片は拍を喰う。喰われた拍は、怒りに変換される。怒りは波より速い。—だから、先に謝る。
沙耶香は隊列を半円に展開し、獅子に向かって頭を下げた。「町で暴れさせて、申し訳ない」
兵がざわめく。敵に頭を下げるのは恥ではない。順番だ。謝ると、相手の怒りは半歩短くなる。半歩の間に、間合いを作る。
獅子が吠える。吠えは音で、音は拍だ。吠えの拍に、自分たちの拍を重ねてはならない。重ねると、相手の中に入る。入れば、食われる。沙耶香は槍の柄を低く構え、隊に命じる。「置け」
突くのではない。置く。槍先を獅子の肩の上、空気の板に乗せる。空気の板は、目には見えないが、拍で感じられる。置かれた槍先は、獅子の進路を曲げる。曲げれば、噛まれない。噛まれなければ、吠えは短くなる。
勇気は櫓の陰から回り込み、手にした投網に火薬の小包を結わえた。火をつける前に、彼は一度だけ息を遅らせる。遅れは賭けの間。間がなければ、勝ちは薄い。「今日は、負けてもいい」彼は小声で言い、火を入れた。
投網は空中で花のように開き、獅子の背にふわりと落ちる。火は怒らない。怒らない火は、音より遅い。遅い火は、見ている者の心拍を落とす。落ちた心拍に、沙耶香の声が届く。「退きながら詰める」
半歩退く。半歩詰める。円は小さくなり、角は消える。角がない円は、噛みにくい。
獅子の口の中で、鏡片がかすかに光った。光は拍を喰う。喰われた拍は、暴れになる。勇気はその瞬間を待っていた。火薬の小包が小さく弾け、網の結び目が緩む。緩むことで、網は獅子の動きに合わせて形を変える。形を変える網は、破れにくい。破れにくい網は、怒りを逃がす袋になる。
沙耶香は槍の石突で地を軽く打ち、合図を出す。「右、置け。左、置け」
槍先が左右から、獅子の肩に“置かれる”。置かれた拍が積み重なり、獅子の吠えは自分の喉で詰まった。喉を詰まらせた獅子は、噛めない。噛めない獅子は、ただの重い玩具だ。
商人同盟の残党のひとりが、遠巻きに叫ぶ。「破壊しろ!」
沙耶香は振り向かず、短く答えた。「謝ってから」
勇気が笑い、最後の小包を鏡片の近くへ滑らせる。小さな爆ぜが起き、鏡片が口から転がり出る。転がった破片を、歩美の配下が布で包んで回収する。布は白砂を含み、音を食う。
あとに残ったのは、鉄と皮の骸と、燃え残りの匂いだけだった。沙耶香は槍を立て、兵に向かって言う。「今日、謝る順番は守れた。—次も守る」
勇気は肩で息をし、「賭けに勝ったわけじゃない。怒りを遅らせた」と笑った。遅らせた時間は、町の明日を買う通貨だ。櫓の上で風が変わり、遠くの鐘が一度だけ鳴った。鳴りは深く、短い。短い鳴りは、長く効く。


