言い訳しない恋と鏡橋――湊桜もののけ開港記

第44話_鋼火を綴る
 その夜半、さとみの臨時鍛冶場には、いつもの火の赤に、異国の鋼の青が混じっていた。目的は、霊鉄と西洋鋼を折衷した新しい鍵を仕上げること。いつ/夜半、どこで/臨時鍛冶場、誰が/さとみと惇とクリスタル、何を/折衷鍵の熱処理、なぜ/列島規模の鏡網に耐える強さと寛容さの両立、どうやって/合奏のリズムで加熱と冷却を制御。
 火を起こす前に、さとみは音を決めた。「四拍子だと鉄が怒る。三拍子で、抜きを長く」
 クリスタルは頷き、合図の手を上げる。彼女は踊り手だが、音の“間”を見る目を持っている。惇は送風の踏み足でベースを刻む。足は太鼓、炉は舞台、鉄は踊り子。

 霊鉄の角は強情だ。そこに西洋鋼の粘りを混ぜると、音が変わる。さとみは温度の色を読み、折り返すタイミングをクリスタルの手で指示する。指は指揮棒。棒は音を出さないが、音を生む。「いま、抜く」
 惇が火から上げ、水に入れないで空で冷ます。空冷は、拍で行う。三拍、息を置き、四拍目で再び火へ。火は怒らない。怒らない火は、鉄を裏切らない。

 クリスタルは小さな鈴を鳴らした。鈴の音は高く、鉄の声と喧嘩しない。喧嘩しない音は、強い。さとみは歯の一本一本に火を入れ、温度差で音を聴く。いい音は、怖い。怖いとき、人は手を速くする。そこを、あえて遅くする。遅れは、橋板の“間”。
 惇が問いを投げる。「なぜ、西洋鋼を」
「拍が、違うから」さとみは答えた。「違う拍を混ぜると、喧嘩が減る」

 仕上げの段で、鍵の返しを内側にひと筋入れる。雌雄逆転の設計を、西洋鋼の粘りで支える。返しは、怖さとともにある。怖さがなければ、鍵は抜ける。怖さが強すぎれば、鍵は折れる。—その中間を、夜の拍で探る。
 クリスタルが合図し、惇が最後の加熱を入れる。火は青く、鉄は白い。白い鉄は、音を飲む。飲んだ音は、あとから返ってくる。
「いま」
 さとみは鍵を油へ落とした。火は小さく鳴り、油は怒らない。怒らない油は、匂いだけを残す。匂いは、記憶になる。

 冷えた鍵を布で包み、さとみは耳に当てた。鉄は、ふだんは喋らない。だが、拍で扱うと、喋る。「—大丈夫」
 惇が笑い、「怖かった」と言う。
「怖いのは、いい音の印」
 クリスタルは靴を脱ぎ、素足で土間に立って、一度だけ足をトンと置いた。土間の拍が、鍵の拍に重なる。異国の踊りと山の鍛冶が、音で結ばれる夜だった。
 遠くで、江都の風が少しだけ止む。止んだ風は、明日の朝のために力を溜める。鍵は眠り、火は細く、夜は音より長い返事をした。