第43話_幻影を斬る
二百十日の風が吹く日、江都城の評定衆の間は、畳の目まで緊張していた。結花は鏡網計画の説明のため、図面と模擬板を携えて城楼へ上がる。目的は、拍と橋の理を、言葉と実演で通し、反対の根を短くすること。いつ/風の強い日、どこで/評定の間、誰が/結花と光と諸役人、何を/計画の説明、なぜ/承認と実装のため、どうやって/比喩と虹光と“詫びる拍”で。
冒頭、結花は言い訳をひとつ置いた。「わたしは、失敗するかもしれない。その時は、先に詫びます」
笑いが広がる。笑いは角を丸くし、声の高さを半寸下げる。光が例え話を挟む。「橋は、渡るためにある。でも、時に立ち止まって見上げるためにもある。見上げる首は、折れにくい」
模擬板を置くと、部屋の空気が変わった。虹が走る前に、誰かの心が走る。結花は鍵を差し、板を半分だけずらす。虹は横へ滑り、障子に淡い帯を作る。評定衆のひとりが扇子を止め、「税は?」と問う。
「視線の下に置きます」
「視線の下?」
「中央柱の周りに集まる視線は、刃物より速い。税をそこに置けば、怒りは短くなる」
光が頷き、「見える税は、逃げない」と足した。
その時だった。部屋の隅に薄い影が立ち上がり、結花の喉に指を伸ばす。影は言葉を持たない。持っているのは、結花の「恐れ」だ。“言い訳の無い失敗”。失敗して、誰も守れない未来。彼女の膝が、一瞬だけ笑う。拍が崩れかける。
静の太鼓はここにいない。代わりに、光の声が近くに来た。「いま、言い訳しろ」
「言い訳?」結花はかすかに笑う。「—必要な遅れ」
「そう。遅れは、橋板の“間”。その間に、人が乗る」
結花は大きく吸って、吐いた。「怖い。だから、半歩だけ遅らせる」
影の手が、緩む。
彼女は虹を一度消し、模擬板を軽く叩いた。叩く音は、小さい。小さい音は、自分にしか聞こえない。自分に聞こえた音は、他人にも優しくなる。結花は再び鍵を差し、今度は板をずらさない。ずらさない虹は、立たない。立たない虹を、光が言葉で補う。「見上げるものは、首を折らぬ」
評定衆の一人が頷き、扇子を置いた。
説明の終盤、反対派の年配が立ち上がる。「おぬしらの橋は、誰のためだ」
「わたしたちのためです」結花はまっすぐ答えた。「—そして、あなたのためでもある」
「わしの?」
「見上げるものがあると、人は人を見下ろさない」
沈黙が落ちる。沈黙は、音より速い。落ちた沈黙の上に、光が言葉を置いた。「謝る順番を、先に決めておく橋です」
部屋の張り詰めた拍が、半拍だけ緩んだ。評定は続く。続くこと自体が、勝ちだ。風が障子を揺らし、虹の帯がかすかに震えた。震えは、まだ折れていない証拠だ。
二百十日の風が吹く日、江都城の評定衆の間は、畳の目まで緊張していた。結花は鏡網計画の説明のため、図面と模擬板を携えて城楼へ上がる。目的は、拍と橋の理を、言葉と実演で通し、反対の根を短くすること。いつ/風の強い日、どこで/評定の間、誰が/結花と光と諸役人、何を/計画の説明、なぜ/承認と実装のため、どうやって/比喩と虹光と“詫びる拍”で。
冒頭、結花は言い訳をひとつ置いた。「わたしは、失敗するかもしれない。その時は、先に詫びます」
笑いが広がる。笑いは角を丸くし、声の高さを半寸下げる。光が例え話を挟む。「橋は、渡るためにある。でも、時に立ち止まって見上げるためにもある。見上げる首は、折れにくい」
模擬板を置くと、部屋の空気が変わった。虹が走る前に、誰かの心が走る。結花は鍵を差し、板を半分だけずらす。虹は横へ滑り、障子に淡い帯を作る。評定衆のひとりが扇子を止め、「税は?」と問う。
「視線の下に置きます」
「視線の下?」
「中央柱の周りに集まる視線は、刃物より速い。税をそこに置けば、怒りは短くなる」
光が頷き、「見える税は、逃げない」と足した。
その時だった。部屋の隅に薄い影が立ち上がり、結花の喉に指を伸ばす。影は言葉を持たない。持っているのは、結花の「恐れ」だ。“言い訳の無い失敗”。失敗して、誰も守れない未来。彼女の膝が、一瞬だけ笑う。拍が崩れかける。
静の太鼓はここにいない。代わりに、光の声が近くに来た。「いま、言い訳しろ」
「言い訳?」結花はかすかに笑う。「—必要な遅れ」
「そう。遅れは、橋板の“間”。その間に、人が乗る」
結花は大きく吸って、吐いた。「怖い。だから、半歩だけ遅らせる」
影の手が、緩む。
彼女は虹を一度消し、模擬板を軽く叩いた。叩く音は、小さい。小さい音は、自分にしか聞こえない。自分に聞こえた音は、他人にも優しくなる。結花は再び鍵を差し、今度は板をずらさない。ずらさない虹は、立たない。立たない虹を、光が言葉で補う。「見上げるものは、首を折らぬ」
評定衆の一人が頷き、扇子を置いた。
説明の終盤、反対派の年配が立ち上がる。「おぬしらの橋は、誰のためだ」
「わたしたちのためです」結花はまっすぐ答えた。「—そして、あなたのためでもある」
「わしの?」
「見上げるものがあると、人は人を見下ろさない」
沈黙が落ちる。沈黙は、音より速い。落ちた沈黙の上に、光が言葉を置いた。「謝る順番を、先に決めておく橋です」
部屋の張り詰めた拍が、半拍だけ緩んだ。評定は続く。続くこと自体が、勝ちだ。風が障子を揺らし、虹の帯がかすかに震えた。震えは、まだ折れていない証拠だ。


