第42話_竹影を裂く
数日後の夜、霊脈近くの竹林は、風のないのに音がした。葉が触れ合う音ではない。竹の節が鳴る、乾いた高い音。勇気と惇は、結花の理屈「音より速い沈黙」を試すため、そして竹影の軍を鎮めるため、静の無音太鼓を借りてここへ来た。いつ/夜、どこで/竹林、誰が/勇気と惇、何を/竹影軍の波動を相殺、なぜ/霊脈を乱さず通すため、どうやって/無音太鼓と沈黙の拍で。
竹は、鏡に映るのが好きだ。等間隔で並ぶ自分の姿にうっとりして、影を増やす。影が増えると、影同士が喧嘩を始める。喧嘩は音になる。音は波になる。波は、人を倒す。—それを止めるには、音で戦わない。音より速い沈黙を置く。
「無音太鼓、ほんとに鳴らないのか」惇が囁く。
「鳴らないよ」勇気は笑い、革の面に手をかざす。「けど、叩く」
二人は竹林の入口で立ち止まり、拍を合わせる。叩かない拍。惇は鍛冶場で覚えた息の拍を持ち込み、勇気は賭場で覚えた遅らせる拍を持ち込む。二つの拍が重なるところで、竹の影が揺れを止めた。止めたというより、目を閉じた。目を閉じた影は、噛みつかない。
勇気は一歩踏み出し、太鼓の面に指先で触れた。触れただけで、林の奥の音が間延びする。音は、間延びすると弱る。弱った音は、攻撃でなく居眠りを選ぶ。
「沈黙の拍を、投げる」勇気が呟く。
竹の間を進むごとに、影は増える。惣領格の太い影が現れ、二人の進路を塞いだ。惇は小さな鎚を腰から抜き、地面に軽く触れた。叩かない。置く。置いた金属の冷たさが、影の足元から静けさを吸い上げる。無音太鼓の面が、波打つ。叩いていないのに、波打つ。沈黙は、音より速い。
影の軍が一斉に揺れ、次の瞬間、揺れの同期が崩れた。同期が崩れると、軍は軍でなくなる。個々の影は、ただの竹の影に戻る。
林の奥で、ひときわ濃い影が現れた。鏡に憑いた古い怨念の欠片が、この竹を気に入って住み着いたのだろう。勇気は太鼓に掌を置き、惇に目で合図を送る。惇は鎚を置き、両手を開いた。ふたりの間に、音のない拍が張られる。張られた拍は、網のように影を包む。
「—いま」
勇気は太鼓の縁に息を吹きかけた。音にならない息。息は拍を運ぶ。縁のわずかな揺れが、濃い影の輪郭をほどく。惇が一歩踏み出し、影の“喉”の辺りに手を入れた。手には、白砂。砂は音を食う。影は、喉を失い、噛めなくなる。
竹林の音が、一段落ちた。夜鳥の声が戻ってくる。勇気は肩で息をし、「賭けに勝った?」と笑う。
「賭けにも、鍛冶にも、合図がいる」惇が答えた。「今日は、沈黙が合図」
二人は振り返り、入ってきた道を戻った。足跡は浅い。浅い足跡は、竹に誇りを与える。竹は誇りを持つと、影で喧嘩しない。
林を出る直前、勇気は太鼓に小さく頭を下げた。「叩かせてくれて、ありがとう」
太鼓は鳴らない。鳴らないのに、返事をした気がした。沈黙は、音より長く残る返事だ。
数日後の夜、霊脈近くの竹林は、風のないのに音がした。葉が触れ合う音ではない。竹の節が鳴る、乾いた高い音。勇気と惇は、結花の理屈「音より速い沈黙」を試すため、そして竹影の軍を鎮めるため、静の無音太鼓を借りてここへ来た。いつ/夜、どこで/竹林、誰が/勇気と惇、何を/竹影軍の波動を相殺、なぜ/霊脈を乱さず通すため、どうやって/無音太鼓と沈黙の拍で。
竹は、鏡に映るのが好きだ。等間隔で並ぶ自分の姿にうっとりして、影を増やす。影が増えると、影同士が喧嘩を始める。喧嘩は音になる。音は波になる。波は、人を倒す。—それを止めるには、音で戦わない。音より速い沈黙を置く。
「無音太鼓、ほんとに鳴らないのか」惇が囁く。
「鳴らないよ」勇気は笑い、革の面に手をかざす。「けど、叩く」
二人は竹林の入口で立ち止まり、拍を合わせる。叩かない拍。惇は鍛冶場で覚えた息の拍を持ち込み、勇気は賭場で覚えた遅らせる拍を持ち込む。二つの拍が重なるところで、竹の影が揺れを止めた。止めたというより、目を閉じた。目を閉じた影は、噛みつかない。
勇気は一歩踏み出し、太鼓の面に指先で触れた。触れただけで、林の奥の音が間延びする。音は、間延びすると弱る。弱った音は、攻撃でなく居眠りを選ぶ。
「沈黙の拍を、投げる」勇気が呟く。
竹の間を進むごとに、影は増える。惣領格の太い影が現れ、二人の進路を塞いだ。惇は小さな鎚を腰から抜き、地面に軽く触れた。叩かない。置く。置いた金属の冷たさが、影の足元から静けさを吸い上げる。無音太鼓の面が、波打つ。叩いていないのに、波打つ。沈黙は、音より速い。
影の軍が一斉に揺れ、次の瞬間、揺れの同期が崩れた。同期が崩れると、軍は軍でなくなる。個々の影は、ただの竹の影に戻る。
林の奥で、ひときわ濃い影が現れた。鏡に憑いた古い怨念の欠片が、この竹を気に入って住み着いたのだろう。勇気は太鼓に掌を置き、惇に目で合図を送る。惇は鎚を置き、両手を開いた。ふたりの間に、音のない拍が張られる。張られた拍は、網のように影を包む。
「—いま」
勇気は太鼓の縁に息を吹きかけた。音にならない息。息は拍を運ぶ。縁のわずかな揺れが、濃い影の輪郭をほどく。惇が一歩踏み出し、影の“喉”の辺りに手を入れた。手には、白砂。砂は音を食う。影は、喉を失い、噛めなくなる。
竹林の音が、一段落ちた。夜鳥の声が戻ってくる。勇気は肩で息をし、「賭けに勝った?」と笑う。
「賭けにも、鍛冶にも、合図がいる」惇が答えた。「今日は、沈黙が合図」
二人は振り返り、入ってきた道を戻った。足跡は浅い。浅い足跡は、竹に誇りを与える。竹は誇りを持つと、影で喧嘩しない。
林を出る直前、勇気は太鼓に小さく頭を下げた。「叩かせてくれて、ありがとう」
太鼓は鳴らない。鳴らないのに、返事をした気がした。沈黙は、音より長く残る返事だ。


