第41話_霊脈を聴く
翌朝、江都郊外の氷川神社は、杉の匂いを深く抱いていた。参道の砂は湿っていて、足音が吸い込まれる。貴之と静は、第二鏡柱候補地の霊脈を確かめるため、礼を尽くして境内に入る。いつ/朝、どこで/氷川神社、誰が/貴之と静、何を/霊脈の聴診、なぜ/柱を立てる位置と拍を確かめるため、どうやって/涙を堪えた読経と雅楽の共演で地脈音を可視化。
拝殿の脇に、古い鐘楼がある。鐘は大きく、肌は苔で薄緑に染まっている。静は太鼓ではなく、笙と篳篥を持ち込んだ楽人を招いていた。「太鼓の拍は地を起こす。今日は、地を寝かせたい」
貴之は装束の袖を結い、経巻を胸の前で正す。彼は涙を見せないことで知られる。涙は私事、儀は公事。だが、今日は境が揺れる日だ。
まず、境内の四隅に紙札を立てる。歩美から受け取った図紋の写しを小さく貼り、朱を沈める。押さない。沈める。紙は、押されることを嫌うが、沈められることを受け入れる。「許しの印」静が囁く。
貴之は読経を始めた。音は低く、地に向けて敷くように伸びる。笙が空を、篳篥が風を、経が地を、三つの音が交わるところに、鐘の肌が震えた。震えは拍で、拍は線になる。線を目で追うと、拝殿の後ろから、社の裏山へ抜ける細い道に重なる。
「ここ」静が言い、砂に線を引いた。
鐘楼の階に上がり、鐘の口へ耳を寄せる。貴之は涙を堪えたまま、もう一段、声を低くする。涙を堪えるのは、感情を殺すためではない。拍を保つためだ。涙は拍を狂わせる。だが、堪える涙もまた拍を生む。鐘の内側で、小さな音が返った。
「子どもの泣き声?」楽人のひとりが首を傾げる。
「地が、泣きたい」静は細く答える。「泣かせずに、眠らせる」
彼女は鐘棒に手を添え、鳴らさない撞きを置いた。鳴らさない撞き—棒を打たず、鐘の縁に棒の体温だけを伝える。鐘は、人の体温で鳴くことがある。鳴かない鳴りは、地の下に降りていく。
参道の端で、子どもたちが遊ぶ声が遠くに聞こえる。声は高く、拍が速い。静は合図を送り、笙の音を半拍遅らせた。遅れた音は、子どもの拍を抱き、全体の拍に溶ける。貴之の経は、もう涙を必要としなかった。必要な涙は、鐘の内側に吸い込まれていったからだ。
「—ここなら、立つ」貴之がつぶやく。
「立つけど、座らない」静が応じる。「柱にしても、神座にしない」
二人は、鏡の座を外して柱にする湊桜のやり方を思い返した。見下ろすものは作らない。見上げるものを作る。
最後に、鐘を一度だけ、深く撞いた。音は空へ走り、裏山へ戻り、地の下へ沈む。戻る音が細くなるまで、三人は耳を澄ました。耳を澄ます間に、風が変わる。杉の梢が笑う。「楽に、なった」
静は小さく礼をし、貴之も頭を垂れる。今日の拍は、眠りの拍だ。眠りは、起きるためにある。神社を出ると、町の喧騒が遠くで新しい拍を作っていた。次は、竹の影だ。そこは、鏡が影を増やして遊ぶ場所。遊びは、時に牙を見せる。
翌朝、江都郊外の氷川神社は、杉の匂いを深く抱いていた。参道の砂は湿っていて、足音が吸い込まれる。貴之と静は、第二鏡柱候補地の霊脈を確かめるため、礼を尽くして境内に入る。いつ/朝、どこで/氷川神社、誰が/貴之と静、何を/霊脈の聴診、なぜ/柱を立てる位置と拍を確かめるため、どうやって/涙を堪えた読経と雅楽の共演で地脈音を可視化。
拝殿の脇に、古い鐘楼がある。鐘は大きく、肌は苔で薄緑に染まっている。静は太鼓ではなく、笙と篳篥を持ち込んだ楽人を招いていた。「太鼓の拍は地を起こす。今日は、地を寝かせたい」
貴之は装束の袖を結い、経巻を胸の前で正す。彼は涙を見せないことで知られる。涙は私事、儀は公事。だが、今日は境が揺れる日だ。
まず、境内の四隅に紙札を立てる。歩美から受け取った図紋の写しを小さく貼り、朱を沈める。押さない。沈める。紙は、押されることを嫌うが、沈められることを受け入れる。「許しの印」静が囁く。
貴之は読経を始めた。音は低く、地に向けて敷くように伸びる。笙が空を、篳篥が風を、経が地を、三つの音が交わるところに、鐘の肌が震えた。震えは拍で、拍は線になる。線を目で追うと、拝殿の後ろから、社の裏山へ抜ける細い道に重なる。
「ここ」静が言い、砂に線を引いた。
鐘楼の階に上がり、鐘の口へ耳を寄せる。貴之は涙を堪えたまま、もう一段、声を低くする。涙を堪えるのは、感情を殺すためではない。拍を保つためだ。涙は拍を狂わせる。だが、堪える涙もまた拍を生む。鐘の内側で、小さな音が返った。
「子どもの泣き声?」楽人のひとりが首を傾げる。
「地が、泣きたい」静は細く答える。「泣かせずに、眠らせる」
彼女は鐘棒に手を添え、鳴らさない撞きを置いた。鳴らさない撞き—棒を打たず、鐘の縁に棒の体温だけを伝える。鐘は、人の体温で鳴くことがある。鳴かない鳴りは、地の下に降りていく。
参道の端で、子どもたちが遊ぶ声が遠くに聞こえる。声は高く、拍が速い。静は合図を送り、笙の音を半拍遅らせた。遅れた音は、子どもの拍を抱き、全体の拍に溶ける。貴之の経は、もう涙を必要としなかった。必要な涙は、鐘の内側に吸い込まれていったからだ。
「—ここなら、立つ」貴之がつぶやく。
「立つけど、座らない」静が応じる。「柱にしても、神座にしない」
二人は、鏡の座を外して柱にする湊桜のやり方を思い返した。見下ろすものは作らない。見上げるものを作る。
最後に、鐘を一度だけ、深く撞いた。音は空へ走り、裏山へ戻り、地の下へ沈む。戻る音が細くなるまで、三人は耳を澄ました。耳を澄ます間に、風が変わる。杉の梢が笑う。「楽に、なった」
静は小さく礼をし、貴之も頭を垂れる。今日の拍は、眠りの拍だ。眠りは、起きるためにある。神社を出ると、町の喧騒が遠くで新しい拍を作っていた。次は、竹の影だ。そこは、鏡が影を増やして遊ぶ場所。遊びは、時に牙を見せる。

