第4話_薬研を打つ
朝もやの中、結花は鍛冶場の戸を叩いた。鉄を打つ甲高い音が止み、さとみが顔を出す。
「珍しいね、あんたが朝一で来るなんて」
「言い訳すると、昨日の夜から気になって眠れなかったんだよ」
結花は木槌を見せて笑った。
「これより強い道具、作れないかな」
「木槌じゃ足りないの?」
「うん。鏡の影をもっとちゃんと叩きたい」
さとみは腕を組み、少し考えたあと頷いた。
「じゃあ霊鉄を使うしかない。だけど普通の炉じゃ足りないよ」
「だから頼みに来たんだ」
結花は真剣な顔で言った。
鍛冶場の奥から惇が現れ、煤だらけの顔で手を振った。
「おはようございます! 僕も手伝います!」
「惇、あんたまで…」さとみが苦笑する。
「いや、昨日の夜から興奮して眠れなかったんです!」
結花は笑い、さとみの肩を軽く叩いた。
「ほら、仲間が増えてきたじゃない」
「やれやれ…でも面白そうだね」
さとみは炉に火を入れ、霊鉄の塊を取り出した。
その時外から勇気がひょっこり顔を出した。
「おい、港の連中が騒いでるぞ。異国船の一部が夜のうちに動いたらしい」
結花は眉をひそめた。
「また…」
勇気は笑いながら肩をすくめた。
「言い訳するなら今のうちだな。港行く?」
「いや、今日はここ。新しい武器を作るのが先」
勇気は口笛を吹き、面白そうに鍛冶場へ入ってきた。
霊鉄は赤く光り、さとみが槌を振り下ろすたび火花が散った。
結花はその様子を食い入るように見つめた。
「これで影を叩き潰せる?」
「さあね。でも今までの木槌よりはずっといい」
さとみの声には自信と少しの緊張が混じっていた。
昼前には試作品が形になった。柄には軽量の霊竹を用い、先端は霊鉄で覆われている。木槌より重く、しかし振るえば吸い付くように安定していた。
「どうだ?」さとみが額の汗をぬぐう。
結花は構えてみて、大きく振り下ろした。
床に響いた重い音に、惇が思わず拍手する。
「すごい! これなら影もひとたまりもないですよ!」
「うん、頼もしい。でも使い方を間違えたら怪我するね」
結花はにやりと笑い、新しい槌を肩に担いだ。
その時、鍛冶場の戸が勢いよく開いた。
華が息を切らして飛び込んでくる。
「大変! 港の倉庫がまた荒らされたの!」
結花は目を細めた。
「昨夜も動きがあったのに、今度は昼間か…」
「しかも今度は、港の役人が気絶してたんだよ!」
勇気が口笛を吹く。
「派手になってきたな。どうする、結花?」
「もちろん行く」
さとみが心配そうに眉をひそめた。
「せっかく作った槌、試す気?」
「言い訳すると、そういうことになるね」
結花は新しい槌を握り直し、仲間たちと鍛冶場を飛び出した。
港への道は人でごった返していた。倒れた役人が運ばれ、荷の間には焦げ跡が残っている。
光が現場を仕切っており、結花に気づくと手を上げた。
「またお前か。いいか、これはただの盗みじゃない」
「わかってる。鏡絡みでしょ?」
「そうだ。影を見たという証言がある」
結花は小さく息を吐いた。
「じゃあ、この槌の出番だね」
倉庫の奥は暗く湿っていた。結花は槌を構え、光の指示でと進む。
不意に冷たい風が吹き抜け、棚の間から黒い影が躍り出た。
「来た!」
結花は反射的に槌を振り下ろした。
霊鉄の先端が影を叩きつけ、火花のような白光が弾ける。影は苦しげな声をあげ、壁際まで吹き飛ばされた。
「すごい威力だ…!」光が目を見開く。
「この槌、正解だね!」結花は息を弾ませながら構え直した。
影は再び立ち上がり、今度は素早く横へと回り込む。
結花は低く身をひねり、足払いを入れるように横薙ぎした。槌が影の胴をとらえ、黒い霧のようなものが散った。
影は仮面だけを残して消えた。
惇が駆け寄り、仮面を拾い上げる。
「これ…昨日、診療所の前に落ちてたのと同じ!」
光が仮面を調べ、眉をひそめた。
「誰かが影を意図的に生み出してる…ますます嫌な匂いだな」
結花は槌を肩に担ぎ、深呼吸した。
「でも、これで戦える目処はついた。次は作った相手を探そう」
その時、倉庫の外から怒号が聞こえた。
「港の外れで火事だ!」
全員が顔を見合わせ、走り出した。
港外れの倉庫群は炎に包まれていた。黒煙が空を覆い、人々が必死に水を運んでいる。
結花は槌を抱え、炎の向こうに目を凝らした。
そこに一瞬、白い仮面をつけた影が立っていた。
「またあんたか!」
結花は駆け出したが、影は煙に紛れて消えた。
残ったのは、焦げた木片と小さな封印札だけ。
光がそれを拾い上げ、顔をしかめた。
「これは…異国文字だな」
華が覗き込み、目を丸くする。
「商館の積み荷についてた札じゃない?」
「そうだとすると、やっぱり裏で繋がってる」光が低く呟いた。
結花は火事の熱気の中で槌を強く握りしめた。
「影を作った奴…必ず見つける。言い訳なしで」
その言葉に惇がうなずき、勇気が肩をすくめて笑った。
「また面倒な道を選んだな」
「面倒じゃなきゃ私じゃないでしょ」結花は笑った。
炎が鎮まるころ、空には夕暮れの光が差していた。
その赤い空を見上げながら、結花は決意を固めた。
(この鏡の声と影の主、必ず突き止める)
夜、診療所に再び仲間が集まった。机の上には今日拾った仮面と封印札が並べられている。
「異国文字は分かるか?」光が尋ねる。
華は札を裏返し、慎重に目を細めた。
「…舞踏の合図に使う符号に似てるけど、意味が逆になってる。これは“解放”を示してる」
結花は眉をひそめた。
「やっぱり誰かが意図的に封を壊してるんだ」
惇が拳を握る。
「僕、港の古文書を当たります。影と鏡の関係、もっと知りたい」
「ありがとう。でも危険だから気をつけて」結花は微笑んだ。
勇気が椅子の背に寄りかかり、軽く笑った。
「どうせ危険なんだから、一度全部ぶち壊してしまえばいいんじゃないか?」
「それじゃ意味がない。声を助けたいんだ」
結花は言い切った。その目には迷いがなかった。
会議が終わると、結花はひとり外に出た。
港の夜風は冷たく、遠くで波が砕ける音が聞こえる。
槌を抱え、結花は小さく呟いた。
「言い訳しない。助けたいから、進むだけ」
その時、背後の影がかすかに動いた。
振り返ったが誰もいない。ただ、月明かりの中に小さな足跡が続いていた。
「…見てるのね」
結花は槌を握り直し、暗闇へ足を踏み出した。
結花は足跡を追い、港の外れまで来た。そこは月明かりが届かず、闇が深く沈んでいる。
足跡は途切れ、代わりに土の上に小さな紙片が置かれていた。
拾い上げると、そこにも異国文字と仮面の印が描かれている。
「挑発…ね」
結花は唇を引き結び、槌を強く握った。
夜空を仰ぐと、星々が淡く瞬いていた。
(誰が何を解こうとしているのか、全部暴いてやる)
結花は心の中で誓い、踵を返した。
明日はさらに多くの仲間を巻き込み、鏡の封印と影の主を探る。
その胸の奥で、不思議と高鳴る期待と恐れがせめぎ合っていた。
朝もやの中、結花は鍛冶場の戸を叩いた。鉄を打つ甲高い音が止み、さとみが顔を出す。
「珍しいね、あんたが朝一で来るなんて」
「言い訳すると、昨日の夜から気になって眠れなかったんだよ」
結花は木槌を見せて笑った。
「これより強い道具、作れないかな」
「木槌じゃ足りないの?」
「うん。鏡の影をもっとちゃんと叩きたい」
さとみは腕を組み、少し考えたあと頷いた。
「じゃあ霊鉄を使うしかない。だけど普通の炉じゃ足りないよ」
「だから頼みに来たんだ」
結花は真剣な顔で言った。
鍛冶場の奥から惇が現れ、煤だらけの顔で手を振った。
「おはようございます! 僕も手伝います!」
「惇、あんたまで…」さとみが苦笑する。
「いや、昨日の夜から興奮して眠れなかったんです!」
結花は笑い、さとみの肩を軽く叩いた。
「ほら、仲間が増えてきたじゃない」
「やれやれ…でも面白そうだね」
さとみは炉に火を入れ、霊鉄の塊を取り出した。
その時外から勇気がひょっこり顔を出した。
「おい、港の連中が騒いでるぞ。異国船の一部が夜のうちに動いたらしい」
結花は眉をひそめた。
「また…」
勇気は笑いながら肩をすくめた。
「言い訳するなら今のうちだな。港行く?」
「いや、今日はここ。新しい武器を作るのが先」
勇気は口笛を吹き、面白そうに鍛冶場へ入ってきた。
霊鉄は赤く光り、さとみが槌を振り下ろすたび火花が散った。
結花はその様子を食い入るように見つめた。
「これで影を叩き潰せる?」
「さあね。でも今までの木槌よりはずっといい」
さとみの声には自信と少しの緊張が混じっていた。
昼前には試作品が形になった。柄には軽量の霊竹を用い、先端は霊鉄で覆われている。木槌より重く、しかし振るえば吸い付くように安定していた。
「どうだ?」さとみが額の汗をぬぐう。
結花は構えてみて、大きく振り下ろした。
床に響いた重い音に、惇が思わず拍手する。
「すごい! これなら影もひとたまりもないですよ!」
「うん、頼もしい。でも使い方を間違えたら怪我するね」
結花はにやりと笑い、新しい槌を肩に担いだ。
その時、鍛冶場の戸が勢いよく開いた。
華が息を切らして飛び込んでくる。
「大変! 港の倉庫がまた荒らされたの!」
結花は目を細めた。
「昨夜も動きがあったのに、今度は昼間か…」
「しかも今度は、港の役人が気絶してたんだよ!」
勇気が口笛を吹く。
「派手になってきたな。どうする、結花?」
「もちろん行く」
さとみが心配そうに眉をひそめた。
「せっかく作った槌、試す気?」
「言い訳すると、そういうことになるね」
結花は新しい槌を握り直し、仲間たちと鍛冶場を飛び出した。
港への道は人でごった返していた。倒れた役人が運ばれ、荷の間には焦げ跡が残っている。
光が現場を仕切っており、結花に気づくと手を上げた。
「またお前か。いいか、これはただの盗みじゃない」
「わかってる。鏡絡みでしょ?」
「そうだ。影を見たという証言がある」
結花は小さく息を吐いた。
「じゃあ、この槌の出番だね」
倉庫の奥は暗く湿っていた。結花は槌を構え、光の指示でと進む。
不意に冷たい風が吹き抜け、棚の間から黒い影が躍り出た。
「来た!」
結花は反射的に槌を振り下ろした。
霊鉄の先端が影を叩きつけ、火花のような白光が弾ける。影は苦しげな声をあげ、壁際まで吹き飛ばされた。
「すごい威力だ…!」光が目を見開く。
「この槌、正解だね!」結花は息を弾ませながら構え直した。
影は再び立ち上がり、今度は素早く横へと回り込む。
結花は低く身をひねり、足払いを入れるように横薙ぎした。槌が影の胴をとらえ、黒い霧のようなものが散った。
影は仮面だけを残して消えた。
惇が駆け寄り、仮面を拾い上げる。
「これ…昨日、診療所の前に落ちてたのと同じ!」
光が仮面を調べ、眉をひそめた。
「誰かが影を意図的に生み出してる…ますます嫌な匂いだな」
結花は槌を肩に担ぎ、深呼吸した。
「でも、これで戦える目処はついた。次は作った相手を探そう」
その時、倉庫の外から怒号が聞こえた。
「港の外れで火事だ!」
全員が顔を見合わせ、走り出した。
港外れの倉庫群は炎に包まれていた。黒煙が空を覆い、人々が必死に水を運んでいる。
結花は槌を抱え、炎の向こうに目を凝らした。
そこに一瞬、白い仮面をつけた影が立っていた。
「またあんたか!」
結花は駆け出したが、影は煙に紛れて消えた。
残ったのは、焦げた木片と小さな封印札だけ。
光がそれを拾い上げ、顔をしかめた。
「これは…異国文字だな」
華が覗き込み、目を丸くする。
「商館の積み荷についてた札じゃない?」
「そうだとすると、やっぱり裏で繋がってる」光が低く呟いた。
結花は火事の熱気の中で槌を強く握りしめた。
「影を作った奴…必ず見つける。言い訳なしで」
その言葉に惇がうなずき、勇気が肩をすくめて笑った。
「また面倒な道を選んだな」
「面倒じゃなきゃ私じゃないでしょ」結花は笑った。
炎が鎮まるころ、空には夕暮れの光が差していた。
その赤い空を見上げながら、結花は決意を固めた。
(この鏡の声と影の主、必ず突き止める)
夜、診療所に再び仲間が集まった。机の上には今日拾った仮面と封印札が並べられている。
「異国文字は分かるか?」光が尋ねる。
華は札を裏返し、慎重に目を細めた。
「…舞踏の合図に使う符号に似てるけど、意味が逆になってる。これは“解放”を示してる」
結花は眉をひそめた。
「やっぱり誰かが意図的に封を壊してるんだ」
惇が拳を握る。
「僕、港の古文書を当たります。影と鏡の関係、もっと知りたい」
「ありがとう。でも危険だから気をつけて」結花は微笑んだ。
勇気が椅子の背に寄りかかり、軽く笑った。
「どうせ危険なんだから、一度全部ぶち壊してしまえばいいんじゃないか?」
「それじゃ意味がない。声を助けたいんだ」
結花は言い切った。その目には迷いがなかった。
会議が終わると、結花はひとり外に出た。
港の夜風は冷たく、遠くで波が砕ける音が聞こえる。
槌を抱え、結花は小さく呟いた。
「言い訳しない。助けたいから、進むだけ」
その時、背後の影がかすかに動いた。
振り返ったが誰もいない。ただ、月明かりの中に小さな足跡が続いていた。
「…見てるのね」
結花は槌を握り直し、暗闇へ足を踏み出した。
結花は足跡を追い、港の外れまで来た。そこは月明かりが届かず、闇が深く沈んでいる。
足跡は途切れ、代わりに土の上に小さな紙片が置かれていた。
拾い上げると、そこにも異国文字と仮面の印が描かれている。
「挑発…ね」
結花は唇を引き結び、槌を強く握った。
夜空を仰ぐと、星々が淡く瞬いていた。
(誰が何を解こうとしているのか、全部暴いてやる)
結花は心の中で誓い、踵を返した。
明日はさらに多くの仲間を巻き込み、鏡の封印と影の主を探る。
その胸の奥で、不思議と高鳴る期待と恐れがせめぎ合っていた。

