第23話_彩雲を裂く
封印の儀は、彩雲が西の空に走る夕刻に始めると決めていた。人の心は、空の色の言い訳に弱い。港中央の仮設台に鏡柱の基礎が据えられ、さとみと惇が最後の楔を叩き込む。静は太鼓の前で両手を合わせ、拍をまだ起こさない。起こす前の沈黙は、もっとも濃い音だ。
結花が口を開く。「これから、板を渡す。人の板、妖の板、同じ幅」
光が続ける。「波は、板の間から下へ落ちる。落ちた波は、港の底で眠る」
歩美が印を置き、空が指を鳴らす。合図。
その瞬間、海面がひとつ盛り上がった。王家軍の残党が仕込んだ妖化兵が、水を割って跳ねる。背に刃、目に火。群衆が息を呑むより早く、沙耶香が前へ出た。槍を構える前に、深く頭を下げた。「申し訳ない」
謝罪は、相手の怒りを一歩短くする。怒りが短くなれば、間合いが生まれる。沙耶香はその間合いに、槍の柄を差し込んだ。突かない。受ける。受けて、押し返す。押し返しすぎない。彼女の背中で、義勇の列が左右に割れ、逃げ道をつくる。逃がすための道ではなく、波を逃がすための道。
結花は台の上から見下ろし、どこで板を渡すべきかを決めた。板は、人が踏む前に置かれるべきだ。置くのが遅れれば、誰かが落ちる。静が太鼓の拍をひとつ、深く落とす。拍は、足場になる。
妖化兵が二体、三体と増える。華が子どもを抱えて走り、勇気が波の尾を踏む。エヴァンが役人の列を押し広げ、クリスタルが観客の視線を中央から外して危険の線を切る。貴之の読経は、潮の裏側に回り、波に焦げ目をつける。
沙耶香は、短く息を吐いてから叫んだ。「停戦を!」
相手の隊列の奥で、誰かが笑った。笑いは、恐怖を隠す布だ。沙耶香は布を剥がすように、もう一度だけ頭を下げた。深く。深く謝ると、相手は顔を上げざるを得ない。顔が上がれば、槍の穂先は首を切らない。彼女はそこへ「時間」を差し込んだ。時間は武器だ。
結花は台の上で、鍵を掲げる。「始める」
歩美が時刻を読み上げ、空が紙束の端で風の向きを測る。静が拍を二つ、間を置いて一つ。拍の間に、さとみの楔がもう一つ入る。惇のハンマーが、裏で鳴る。鏡柱の基礎が、港の底にひとつ沈む。
妖化兵の背の刃が、鈍った。王家軍の残党の列が、半歩、揃って下がる。その半歩を、沙耶香が見逃さない。「感謝を」
謝罪と感謝が、戦場の真ん中で行き交う。町はそれを見た。見たものは、真似をする。真似は、未来の序章だ。
封印の儀は、彩雲が西の空に走る夕刻に始めると決めていた。人の心は、空の色の言い訳に弱い。港中央の仮設台に鏡柱の基礎が据えられ、さとみと惇が最後の楔を叩き込む。静は太鼓の前で両手を合わせ、拍をまだ起こさない。起こす前の沈黙は、もっとも濃い音だ。
結花が口を開く。「これから、板を渡す。人の板、妖の板、同じ幅」
光が続ける。「波は、板の間から下へ落ちる。落ちた波は、港の底で眠る」
歩美が印を置き、空が指を鳴らす。合図。
その瞬間、海面がひとつ盛り上がった。王家軍の残党が仕込んだ妖化兵が、水を割って跳ねる。背に刃、目に火。群衆が息を呑むより早く、沙耶香が前へ出た。槍を構える前に、深く頭を下げた。「申し訳ない」
謝罪は、相手の怒りを一歩短くする。怒りが短くなれば、間合いが生まれる。沙耶香はその間合いに、槍の柄を差し込んだ。突かない。受ける。受けて、押し返す。押し返しすぎない。彼女の背中で、義勇の列が左右に割れ、逃げ道をつくる。逃がすための道ではなく、波を逃がすための道。
結花は台の上から見下ろし、どこで板を渡すべきかを決めた。板は、人が踏む前に置かれるべきだ。置くのが遅れれば、誰かが落ちる。静が太鼓の拍をひとつ、深く落とす。拍は、足場になる。
妖化兵が二体、三体と増える。華が子どもを抱えて走り、勇気が波の尾を踏む。エヴァンが役人の列を押し広げ、クリスタルが観客の視線を中央から外して危険の線を切る。貴之の読経は、潮の裏側に回り、波に焦げ目をつける。
沙耶香は、短く息を吐いてから叫んだ。「停戦を!」
相手の隊列の奥で、誰かが笑った。笑いは、恐怖を隠す布だ。沙耶香は布を剥がすように、もう一度だけ頭を下げた。深く。深く謝ると、相手は顔を上げざるを得ない。顔が上がれば、槍の穂先は首を切らない。彼女はそこへ「時間」を差し込んだ。時間は武器だ。
結花は台の上で、鍵を掲げる。「始める」
歩美が時刻を読み上げ、空が紙束の端で風の向きを測る。静が拍を二つ、間を置いて一つ。拍の間に、さとみの楔がもう一つ入る。惇のハンマーが、裏で鳴る。鏡柱の基礎が、港の底にひとつ沈む。
妖化兵の背の刃が、鈍った。王家軍の残党の列が、半歩、揃って下がる。その半歩を、沙耶香が見逃さない。「感謝を」
謝罪と感謝が、戦場の真ん中で行き交う。町はそれを見た。見たものは、真似をする。真似は、未来の序章だ。

