言い訳しない恋と鏡橋――湊桜もののけ開港記

第22話_海路を架ける
 港中央に鏡柱を移す—その一行は、紙の上では簡単だった。実際の港は、船と人と利権の結び目で編まれている。午前、桟橋の端に長机が置かれ、湊桜側と異国商館側の使いが向かい合った。空が地図を広げ、歩美が法文を置く。結花は板の模型を持ち、光は例え話を準備している。
 最初の発言は、異国側の代理人からだった。舌の上で丸く転がる日本語で、彼は丁寧に反対を述べた。「中央は、危険。自国の船、入るところ、狭くなる」
「狭くするために、中央です」空が即答する。「狭いほど管理が利く」
「管理?」
「こちらの責任で、全船を守るため」
 代理人は口を結び、用意してきた札を三枚、机に置いた。賄賂ではない。保険の証券。港の中央に物を置くなら、保険料が跳ね上がる、と言いたいのだ。歩美が朱の小さな印を押し、証券に目を通す。

そこへ、クリスタルがスカートの裾を指でつまみ、舞の一歩目の角度で前に出た。仮面舞踏の夜とは違う顔—素顔。声も、舞台でなく地面に届く高さ。
「わたしは、証言します」
 代理人の眉が動く。彼女は異国商館に雇われる舞踏教師、つまり異国側の人間だ。彼女は、と息を吸い、言葉を選んだ。
「この港で、仮面をつけて踊るとき、観客の足はどこへ集まると思います?」
 誰も答えない。クリスタルは自分で答えた。「中央」
「—踊りの話?」代理人が半歩だけ笑う。
…危険を先に切る」
 光が頷き、例え話を重ねる。「港も同じ。舞台は中央。視線が集まる。だから、守れる」
 代理人が、唇の裏で言葉を味わうように黙った。エヴァンが横から低く言う。「彼女は、うちの仮面を脱いだ。—それが答えだ」

 午後、実地検分。結花は板の模型を水面に浮かべ、潮の流れとぶつかる場所を確かめる。潮は言葉が通じないが、拍で動く。静が小鼓で細い拍を出し、潮の揺れ方を目で読む。貴之が潮の音に読経を合わせ、勇気が波の尾を踏む位置を指で記す。
「中央に置けば、潮の力は左右に分かれる」
「左右に分かれると?」光が問う。
「喧嘩が減る」結花は笑う。「喧嘩は、同じ場所を取り合うから起きる」
 歩美が短く「理」とだけ書いた札を、地図の中央に貼った。空が頷く。「紙の上の中央と、海の上の中央。—同じにした」

 夕刻、異国側からの最終確認が来た。条件は三つ。衝突時の責任分担、保険料の一部負担、そして、航路標の夜間点灯。空は一つ目を「港責任五、船責任五」と割り、歩美は二つ目を「初年のみ半額助成」と書き、結花は三つ目に「夜の拍は静」と書いた。静が親指を上げる。
 クリスタルは長机の端で、黙って立ち続けていた。彼女の足は、舞台の中央をいつでも指差せる位置にある。仮面を脱いだ人は、視線の怖さを知っている。だから、視線を味方にできる。
 異国側の代理人は、最後に小さく頭を下げた。「中央、認める」