杏珠と蒼磨の脱獄計画

街の喧騒から離れた古い倉庫街。蒼磨は息を切らして走り続けていた。杏珠が消えてから、数日が経過した。彼女の部屋で発見したのは、奇妙な宝石――アレキサンドライトの欠片だけ。それが唯一の手がかりだった。

「くそっ……杏珠、どこにいるんだ……」

蒼磨は額の汗を拭い、ポケットからその宝石を取り出す。淡い緑色に輝くそれは、まるで生きているかのように脈打っていた。ネットで調べた情報によると、この宝石には「フェアリー」が宿るとの噂があった。荒唐無稽な話だが、他に頼るものがなかった。
彼は宝石を両手で包み込み、祈るように目を閉じる。

「お願いだ……誰か、杏珠を助けてくれ……」

すると、宝石が熱を帯び、光が溢れ出した。蒼磨の目の前に、小さな影が浮かび上がる。二頭身ほどの小さな体、てるてる坊主のような白い布をまとった姿。頭部は丸く、目が大きく輝いている。それはゆっくりと浮遊し、蒼磨の頭の中に直接響く声を発した。

《ボク……アレキサンドリア。君の……願い、聞こえたよ》

声はテレパシーで、ややカタコト。子供のような純粋さがにじみ出ている。蒼磨は驚いて後ずさるが、すぐに宝石と繋がっていることに気づく。

「お前が……フェアリー? 本当にいるのか?」

《うん。ボク、アレキサンドライトの……守り手。願いを……叶えるよ。でも、ボクの力、限界ある。君の……本気の願い、必要》

アレキサンドリアはふわふわと浮かびながら、てるてる坊主のような体を傾ける。その仕草は無邪気で、蒼磨の心を少し和らげた。だが、状況は深刻だ。蒼磨は膝をつき、必死に訴える。

「杏珠が……テンと名乗る男に連れ去られた。いや、正確には彼女の心が囚われているんだ。あいつの内面世界に閉じ込められて……俺はどうしても取り返したい。杏珠を、自由にしたいんだ!」

《テン……悪い人。ボク、知ってる。欲望の檻、作る黒者。杏珠さん、強い子。でも、助け、必要かも》

アレキサンドリアのテレパシーは優しく、しかし真剣だ。蒼磨は拳を握りしめ、声を震わせる。

「願いを叶えてくれ。杏珠をあの檻から出して、テンを……テンを消してくれ。もう二度と、杏珠に近づけないように!」

《わかった。ボク、力、貸すよ。君の愛、杏珠さんに……届ける》

アレキサンドリアの体が輝きを増す。宝石の光が蒼磨の体を包み込み、視界が歪んだ。突然、蒼磨の意識は杏珠のいる世界へと引き込まれる。暗闇の牢獄。そこで杏珠がテンの手によって苦しめられている姿が見えた。

「杏珠!」

蒼磨の叫びが響く。テンが振り返り、嘲笑う。

「ほぅ...恋人か。だが、無駄だ。お前など……」

だが、その時。アレキサンドリアの力が発動した。小さなフェアリーの姿がテンの前に現れ、テレパシーが世界全体に広がる。

《悪い人……消えろ。杏珠さん、自由に》

テンの体が震え始めた。黒い聖職衣が砂のように崩れ落ち、巨躯が粒子となって散っていく。テンは目を丸くし、必死に胸を押さえるが、無駄だった。

「な……」

《悪い人......今、消える。あとちょっと!》

テンの体は急速に砂のように消え、風に吹かれて飛散した。最後に残ったのは、虚ろな叫びだけ。
杏珠が解放され、蒼磨の腕に倒れ込む。彼女の目には涙が浮かんでいた。

「蒼磨さん……ありがとう……」

蒼磨は杏珠を抱きしめ、アレキサンドリアに感謝の視線を向ける。フェアリーは満足げに浮かび、テレパシーを送る。

《願い、叶ったよ。ボク、嬉しい。二人、幸せに……ね》

そして、アレキサンドリアの姿は宝石に戻り、光が静かに消えた。現実の世界で、蒼磨と杏珠は互いの温もりを確かめ合う。テンの影は、二度と現れることはなかった。