名刺には『松子 浩志』と書かれていた。どっちが名前だ。
 そんな心境を読まれたのか、相手は『ヤダ、マツコは
名字よォ~! 本名はヒ・ロ・シ☆B'zの稲葉さんと
同じ名前なのよォ! イケてるでしょ?』と言っていた。
 稲葉さんに謝れ。
 そのヒロシは源氏名を『コーシ』としているらしい。
 何処までも稲葉さんリスペクト。引き続きB'zに謝れ。


 コーシは、まりも町の二丁目の店で働いているとか。
 ホストクラブなのかゲイバーなのか判断がつきかねるが、
堅気の商売じゃないんだろうな……。

 そう思っていると、ヤツは『はい、もみあげ~』と、
何処からともなく取り出したお土産の風呂敷(花柄)を
鳥居に手渡していた。

 鳥居が風呂敷を部屋の片隅に投げ置く。無造作だなオイ!
 コーシは「ちょおおおお!? 他人から貰ったお土産を
本人の目の前でぞんざいに扱うとか、どういう神経
してんのよォ! もっとソフト目に扱いなさいよ!」
と騒ぎ出した。
 深夜二時に襲撃してきたオカマに常識を説かれたくはない。

 ちなみに風呂敷の中身は割れた達磨(これを玄関で落として
パリーンさせたらしい)と竹とんぼと冷凍紅鮭と焼酎だった。
 チョイスの意味がわからん……。
 コーシ曰く『達磨も竹とんぼもメッチャ可愛かったから
フリマで買っちゃった☆』との事だった。
 オレはオマエの美的感覚がわからないよ……。

 仕方ないので冷凍紅鮭を切って茶漬けにして出すと
(『早く帰れ』という意味をこめて)コーシは
「やだ、美味しそう~!」と大喜びしてかき込んでいた。
 京都風のおもてなしはコーシに通じなかった。

 しかし鳥居とどういう関係なのだろうか?
 遠慮がちに問いかけると、コーシは『心の友☆』と言い切った。
 鳥居を見るとヤツは『知人と思いたくない知人』と口にした。
 おい、お前らの距離感どうなってるんだよ?

 まあ、二人の話を総合して聞いてみると、どうやらコーシは
鳥居の小学校時代の同級生というのが分かった。
 こいつ21歳だったのか……20代後半かと思った。
 まあ、鳥居も21には見えないけどな。

 で

 コーシが焼酎を飲みながら「でもでもぉ、あのチビだった
トリちゃんがこぉーんなイケメンになるなんて、人間って
わからないわよねえ~」と頬を酒気で染めながら言い出した。

 昔の鳥居を知らないオレに、コーシが『アタシのお店に
遊びにいらっしゃいよォ~。卒業アルバム見せたげる~』と
投げキッスされた。オレは飛び道具状態のキッスを避けた。
 しかしコーシはマイペースに昔語りを始めた。

「トリちゃんったら、クラス委員のC子に
ベタ惚れしてるのがバレバレで、超ウケたわー。
あ、トリちゃんはC子にフラレてから
ヤケになっちゃってねー。アタシは『C子は裏表があるコだから
止めておきなさいよ』って言ったのに惚れて
ヤケドするからよぉー。もう、おバカさんなんだからー☆」

 へー、鳥居ってチビだったのかー。しかも女の子を好きだった
時期があったのか! 生まれながらのホモかと思ってたよ。
 と考えていると、鳥居が焼酎の瓶を
逆さに握り締めているのが見えた。
 ま、待て待て待て!!! 黒歴史を昔の知人から
話されて恥ずかしいのは分かるが、鈍器で殴ろうとするな!
 と猛る鳥居のソウルを鎮めるように説得すると、アイツは
座り直した。ほっ……。

 それからコーシは鳥居の小さい頃の話を沢山した。


 前ならえで何時も最前列だったので、先生に泣きながら
『おれも前ならえで、後ろの人になりたいです……』と
訴えた所、後ろへならえ で最後尾にさせられ、
問題は何も解決していなかったとか、

掃除の時間、真面目に窓ガラスを拭きすぎて
夢中になるあまり、落花してチューリップ畑を
バキバキにしたとか(鳥居は奇跡的に無傷だったらしい)

遠足でドングリを拾っていたら、イノシシに激突されて
川に落っこちたとか(奇跡的に無傷以下略)

あまりにもチビだった為、運動会の大玉転がしで
玉に巻き込まれて吹っ飛んだとか、

卒業式で歌う歌をとてつもない音程で歌い上げた為、
クラスメイト達がつられてしまい、
鳥居のクラスだけ音程を外しまくって卒業したとか……。


 それを聞いてオレは我慢できなくて噴出した。

「ぶあっはっはっは!! 鳥居、面白すぎだろ!!!」
「ねー? 笑えるでしょー? トリちゃんは爆笑モノの
レジェンドばっかり作って卒業してったのよォー☆」
 腹を抱えて涙目になって笑うオレの視界に、煌く何かが見えた。


 鳥居が棚からトンカチを持ち出していた。


 うぉおい!? 何してんだオマエー!?


 お、落ち着けーーーーーー!!!! 
 オマエの小さい頃の話、面白くて好きだぞ!? と
『ネゴシエーター樺』になって説得する。
 だから踏み止まれ! オマエの理性!!!! と必死に
話しかけていると、『好き』の単語に鳥居が一時停止した。

「……オレの話がそんなに面白いのか?」と
問い返してきたので、オレは首を
張子の虎のようにガックンガックンさせて頷いた。
「……そうか」

 鳥居はトンカチを棚に仕舞った。だが、このまま
コーシを不法滞在させておくと、また鳥居がリミットブレイク
するかもしれない。コーシには迅速にお帰り願おう。
 だが、ソフト目に伝えないと、このオカマは
騒ぎ立ててきそうだ。

 これ以上ご近所さんに迷惑をかけられないぞ……。
 何よりも鳥居が殺人犯になって面会に行くとかイヤだよオレ。
 オレは頭を使った。そして口にした。


「コーシ、そろそろ帰れよ」


 だが、普段使わない頭はストレートしか投げられなかった。
 搦め手の変化球など無理だった。
 キレられるかと思ったが、鳥居も「そうだ。帰れ」と
剛速球の援護で返してきた。

 当然、コーシは「イヤよォォオ! せっかく樺クンと
お友達になれたんだもの! 今日は帰りたくないの!」と
イヤイヤし始めた。女の子から言われたらドキッとする言葉も
コーシから言われるとイラッとするな。ていうか、そもそも
オレはオマエとフレンドリーな関係になった覚えは無い。
 仕方ない。アメとムチ作戦でいくか とオレは提案した。

「夜中に来るのはダチでも非常識だろ? しかも
ぎゃあぎゃあ騒いで暴れて、最悪じゃねえか。遊びたいなら
ちゃんとアポとってから来いよ。そうしたら
一緒に遊びに行こうぜ(社交辞令)まあ、
鳥居だからいいようなものの、普通のヤツだったら
絶交されてもおかしくないぞオマエ」

 鳥居は背後で『心の中で既に231回くらい絶交している』と
言っていた。オレは何も聞かなかった事にした。
 そう話していると、コーシはキョトンとしていた。
 それから「え? マジで?」と素に戻っていた。
 そしてわななきだす。


「……なんで俺って友達いねーんだとか思ってたら、
そうだったのか……深夜に訪問って、非常識だったのか」


 アホだコイツ と思った。
 どうやらコーシは父親がトラックドライバーで
母親が深夜パートだったので、夜に起きてるのが普通という
認識だったらしい。
 中学校時代は別の中学に進んだ鳥居の家に
わざわざ襲撃していたという話だから、どれだけ友達が
いなかったのか推して知るべきか。
 それも鳥居は自室が本宅と離れていたので、毎晩のように
コーシに来訪され、寝不足になったとかなんとか。

 当時の忌まわしい記憶が甦ったのか、鳥居は
「……夜中に叩き起こされて、オセロとかさせられた」と
据わった目で言い出した。
 そ、そうか……それでもキレずに
相手をしてやってるオマエってイイヤツだよな……と
肩ポンしておいた。

 コーシは己の悪行の数々を恥じているのか、
『うわぁああ』って頭を抱えていた。
 中学時代の日記を読み返した時のオレみたいな反応だ。
 いいぞ、もっと苦しめ(鬼畜)
 そしてコーシは立ち上がってスマホ(ピンクの花柄)を取り出した。

「今からサトシとかユウジとかに電話して謝りてぇ!」
「やめろーーーー! サトシもユウジも
確実にオマエの事を過去の出来事にしたいだろうから、
もうソッとしておけ!」
 止めると、コーシはデカい図体を縮こまらせて
しゅんとしていた。

「はあ……俺って、何でこんなに非常識なんだろうなあ……」
 鳥居しか友達がいなかったからじゃね? と思ったが、
オレは空気を読んで黙っていた。

 それにしても、深夜がゴールデンタイムだなんて、
オマエ、いつ寝てるんだ とツッコミを入れると、
コーシは「え? 授業中だけど?」と素で答えてきた。
 授業は寝る為に確保されたモノじゃねえ!

 しかしコーシも鳥居系の『奇人だけど秀才』という生物分類に
入るらしく、どっかの有名大学に在籍してるとかなんとか……。
 何なんだよこいつら! どんだけ人生勝ち組なんだよ!!!
 オレは必死こいて今の大学に滑り込んだのに、
これだから天才は……! と、ギリギリした。