「うわぁああああああああ!!!」

 オレは情けなくも悲鳴を上げて鳥居の横顔に
抱きついていた。
 ちなみに鳥居はボス戦真っ最中だった。
 その所為で鳥居は初めてゲームオーバーになったが、
オレは怖くて怖くて、それ所じゃなかった。

「何か物音がした! 何か物音がした! 何かしたあああ!」

 そう言いながら鳥居の頭をがっちりホールドしていると、
鳥居は「樺……頭が砕ける……」と告げてくる。
 こ、怖い事言うなよ! と鳥居の頭を胸に
押し付けるようにしてぎゅうぎゅうしていると、
ドアがガンガン叩かれた。

 うっわーーーーーー! 超常現象が起こってるー!! と
涙目になって鳥居に抱きついていると、お外からお声が
聞こえていらっしゃった(恐怖のあまり敬語)
「ちょっとぉー! トリちゃん、開けてよぉーん!」


 ん? 心霊現象にしては……何というか、野太い声で
女言葉を喋ってる……? と思っていると、鳥居が
「帰れ」と、いつものエエ声で追い払い出した。
 なんて頼りになる漢なんだオマエは……と、ちょっと
惚れかけた。だが、ドアの前の不審者はめげない。

「そんな事言わずに、開けてちょうだいよぉ~!」
「帰れ」
「少しだけでいいの……☆ ねっ?」
「帰れ」

 鳥居の帰れコールにもめげずにいたドアの先の闖入者は
「……いいから開けろよ? な?」と、とてつもない
重低音ボイスで言い出した。ヤバい空気がした。
 仕方なく鳥居がドアに向かったが、その途中でオレに
布団をかぶせてきた。

「何してんだよ?」
「樺は隠れてろ」
 何それ怖い。何が来てるの!? と問う前に、ドアが
音をたてて開いた!
 足で踏んだら開くゴミ箱のフタみたいに
勢いよく開いたーーーーー!

 そう言えば十勝さんの蹴りで全開になるようなドアだった!
 流石は築60年のアパート!! 
 建て付け以前の問題だ! と
やけくそコメントを心の中で叫んでいると、
ド派手な男がドアを蹴りながら侵入してきた。


「こんばんわんこそば~!」


 アホな第一声と共に入室してきた男は、
これがまたデカい! の一言に尽きた。
 長身の鳥居と遜色ないレベルでデカい!
 お前ら、ここは日本だぞ! もっと大和男児の平均的な
背丈になれよ! 縮めよ! と思わずツッコミを入れてしまう。

 で、そいつは、鼻筋が通っており、ホリの深い顔立ちで
いわゆる美形の部類に入る男だった。が、髪はどピンクだし、
アクセサリーはジャラジャラつけてるし、
見てるだけで目に悪そうな派手野郎でもあった。
 黒のロングコートとブーツ装備なのもホストっぽい。

 そんなピンクホスト(仮名)は、両手を頭上で広げると
「お久しブリーフ! あぁん、トリちゃん、逢いたかったぁん☆」
と、言い出した。オカマか。
 見るからにホストみたいなカオなのに女装をしておらず、
なのに女言葉って、何か不思議な感覚だな……。
 鳥居とどういう関係なのかと訊きたかったが、オレは
布団に隠れていたのでツッコめずにいた。

 そうすると、ピンクホストが「来ちゃった☆」とシナを
作り出した。鳥居は「そうか」と言いながら携帯電話を開く。
 その手をピンホス(略してみた)は
残像が見えるスピードで掴んだ。

「ちょっ、通報はヤメテ!!!!!!」
「なら帰れ」
 鳥居の容赦の無い言葉に、ピンクはイヤイヤを
するように身体を捻りまくっていた。すげえ殴りたい。
「イヤよ!! トリちゃんをアタシのお店に
スカウトしに来たのに、そんなつれない事言わなくても
いいじゃない!」
「何時だと思ってるんだ」
「やだ、AM2時でしょ? それぐらい分かるわよぉ」
「帰れ」

 また鳥居の帰れコールが始まっているが、スカウトって……
鳥居をホストかオカマバーにでもスカウトする気か? 
 と考えているとピンクさんが此方を見た。そして
『ウフッ』と微笑んだ。

「やだ、トリちゃん、布団がモリッとしてるわよぉ~?
なになに? シャレオツな彼女でも連れ込んだのお~?
やだ、お邪魔しちゃったかしら~? ついでだから
オニーサンにも紹介しなさいよお~」
 そう言って近づいて来るピンクを鳥居が「帰れ」と
鋭く止めた。そんな鳥居にピンクが
「やだ……トリちゃん、今日もステキ……! 抱いて!」
等と言いながらトキメいていた。
 なんだ、鳥居狙いのホモだったのか……と
思っていた時だった。

「と、見せかけて、どーん!」

ピンクに布団を捲られた。

「うわぁ!」
 突然の事で、オレは悲鳴を上げてしまった。
 そしてピンクと目が合った。
 硬直するピンク。オレも凍りついた。
 コイツも鳥居みたいにガチホモだったらどうしよう と思わず
ケツを押さえてしまったからだ。
 だから、とりあえず刺激しないように
「こ、こんばんは……」と、友好的に挨拶してみた。
 すると……


「うぉおおおおお!!! イケメンじゃねええかあああ!」


野太い声がアパートを揺るがした。

 隣りの十勝さんが壁ドンしてくる。階下の細井さんの
泣き声がシクシクと聞こえてきた。
 ご近所の好感度が大幅に下がった。

 だがピンクのキャラが濃すぎてヤバい空気を感じてしまい、
『うるせーぞ変態!』等と怒鳴れない。チキンなオレ。
 あ、あのですね……深夜なので、少し静粛に……と
訴えていると、鳥居がピンクの背後で拳を振り上げていた。

 待てーーーーー!! 無言で殴ろうとするな!!
 ムカつく気持ちは、よぉっく分かるが、暴力は何も
生み出さない! 破壊するだけだ! と
オレの魂は一瞬だけガンジーになった。
 それを伝えると、鳥居は鉄のパンチと書いて『鉄拳』と
読む一撃を収めたが、今にもピンクに
噛み付きそうな表情をしている。

 そんな鳥居の殺気を華麗にスルーしているピンクは
「あらヤダ、ゴメンなさいねえ。アタシ、可愛い男の子とか
イケメンとか見ると、本能が炸裂して素に戻っちゃうのよォ」と
言い出す。
『え? どっちが素?』と問いたくなる。
 そんなオレにピンクがコートの懐から名刺を取り出して
手渡してきた。名刺もピンクで花柄だった。すげー見辛い。