あとがき
 この物語を書き終えた今、静かに紙の余白を見つめています。
 「名もなき剣に、雪が降る」という題を置いたときから、私は一つの約束を自分に課していました。登場人物の誰一人として、物語のためだけに存在させないこと。彼らの呼吸や瞬き、言葉にならなかった思考をできる限り拾い上げ、歴史の空白に散った者たちの「短さ」を記すこと。その短さが、彼らの尊厳になると信じたからです。
 沖田静という人物は、白装束に身を包み、剣を握り、しかしその剣は最後まで「生きること」に背を向けていました。彼の不在はあまりにも大きく、けれど存在は痕跡のように人々の心に残りました。矢野蓮は彼の尊厳を守るために死に、今村秋一は「記す者」として生き残った。生き残った者の語りが未来を形作るのだと、彼らが教えてくれました。
 歴史の記録には名前が残らない者たちがいます。けれど、残らなかった者を記そうとする営みそのものが、やがて新しい歴史の声になる。
 物語を閉じるとき、私は静と蓮と秋一の名を、白い余白に沈めていきます。
 白は闇に混じらない。闇が白を覚えている。
 その言葉を、読者のみなさまの心にも残していただければ、これ以上のことは望みません。

年表
天文十九年(1550)
 京に白装束の剣士が現れ、暗殺と戦乱の影で名を知られる。


天文二十年(1551)
 蓮華宗と京の町衆の抗争が激化。
 沖田静、今村春一と出会い、戦火の中で共闘を始める。

 白装束の剣士の存在が怪談めく尾ひれを持ち、「白は死なない」という噂が広まる。


天文二十一年(1552)
 本坊襲撃戦。今村秋一、捕縛から救い出される。沖田静は蓮と秋一を逃がすために単身寺に戻る。
 この時点をもって、史実上「白装束の剣士」は消息を絶つ。

 町に「二人の遺体が見つからない」という噂が広がる。恐怖と祈り、二重の物語が生まれる。
 秋一は「記す者」として巻紙を残し、後世に語り継ぐ端緒となる。



巻末資料
1.記録断片
・路地裏の壁に残された泥の落書き
 「しろいの、こないで」
 その隙間に付け足された文字――「でも、ありがとう」
・蓮華宗僧兵の口伝
 「白は斬る場所を知っていた。だからこそ、守るために斬った」
2.用語解説(簡略)
白装束(しろしょうぞく)
 死装束の意を込め、戦場で命を捨てる覚悟を示す衣。沖田静が纏ったことで京の民に「白き鬼神」と呼ばれた。


同心円の踏み跡
 竹林に残された謎の踏み跡。誰かが最後まで立っていた中心を示す。秋一は「中心は最後まで消えない」と記録に残す。


「息」「角度」「長さ」「重さ」
 矢野蓮が残した四語。斬撃を形容する技術的な語であると同時に、生きる呼吸や尊厳の比喩でもある。


3.編集後記(体裁上の記述)
 本書は史実に基づいた記録ではなく、記憶の断片を重ねた物語である。名前のある者とない者、記録される者とされない者、そのどちらも同じように「短い生」を抱いていたことを、余白をもって伝えたい。

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〈次に行くなら〉『祈りの背中 ― 沖田静 回顧録集 第一巻』
→【URL】https://novema.jp/book/n1757784
〈青春で締めるなら〉『学校イチのイケメン×学校イチのイケメンは恋をする』
→【URL】 https://novema.jp/book/n1761242
〈怖さで締めるなら〉『白いドレスに滲むもの』
→【URL】 https://novema.jp/book/n1761088